小説 川崎サイト

 

机の多い家

川崎ゆきお



「夢を見たのですが、話してよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞ」
「夢の話なので、現実ではありません。ですが、私の中では、現実以上に現実なのです」
「現実以上の現実? そんな現実はないでしょ。現実を越える現実は、もう現実じゃない。だから、夢なんです」
「そういう意味ではありません」
「では?」
「現実と同じ程度に現実的なのです。決して現実を越えた現実じゃありません。ほら、日常の中で起こっている現実に、あまりリアリティーを感じないときがあるでしょ。その種のものに比べれば、現実の度合いが強いのです」
「その夢がですか」
「はい」
「どんな夢を見ました?」
「友人の家を訪れた夢でして、机が多くあるんです。事務所じゃないです。自宅です。彼はデザイナーなのでデスクワークは必要なのですが、それにしても多いのです。彼は一人暮らしで、一人で仕事をしているのです。だから、人を雇っているわけではありません」
「手伝いの人が来るのではないのですか」
「そうかもしれませんが、それなら、一つの部屋に机を並べるでしょう。ところが、一つの和室に机が、次の洋室にも机が、さらにキッチンにも机が」
「家族のものじゃないのですか」
「一人暮らしで、全部彼の机のようなのです」
「使い分けているんじゃないですか」
「そうかもしれません」
「それがどうして、現実以上に現実的な夢なのですか?」
「彼らしいのです。何となく、その机の多さが」
「それは、あなたにしかわからない感じですね」
「はい」
「それだけですか?」
「いえ、まだ続きがあります。夢はいきなり彼の部屋から始まるのです。彼は自慢しているようです」
「机をですか?」
「いえ、家をです」
「あ、そう」
「キッチンの横に浴室があるのですが、その廊下の先を見ると出口があります。勝手口のような。先ほどもいいましたが、夢はいきなり彼の部屋から始まったものなので、家の全体がわからないのです。でも、彼が住んでいた家には何度か行ってましたから、おそらくその家だと思います」
「続けてください」
「それは玄関ではなく勝手口のようで、気がつけば彼が案内してくれています。前に彼が先を歩いています。勝手口から出ると、そこはまだ屋内なのです。マンションの中庭のような感じです」
「はい、どうぞ、先を」
「中庭のように見えたのは、建物の外の風景が目に入ったからです。木々が茂っています。山のように」
「じゃ、その建物は山中にあるのですかな」
「崖のような場所です。通路は屋内にあります」
「わかりにくいですねえ」
「すみません。夢の話なので」
「全く現実感がしないではないですか」
「渡り廊下のようなものです。ガラスに囲まれたような」
「はい、説明はいいですから、次へ」
「少し離れていますが、次はちゃんとしたドアがあり、マンションの玄関のようです。彼が自慢しているように見えるというのは、このマンションかもしれません」
「複数の部屋を借りているだけなんじゃないですか」
「でも、通路は、そのドアにしか繋がっていません。他の部屋はありません。だから、彼専用の通路なので。それとその通路からエレベーターが見えました。これは余談です。」
「はい」
「そして、ドアを開けると、広い部屋があり、今度も机があります。そして、机はあちらこちらにあるのです」
「ちょと変わったデザイナーというだけじゃないのですか」
「いえ、彼はそれほど有名でもないし、収入も少ないはずです。また、非常に優れたデザイナーでもありません」
「続けて」
「はい。大きなリビングに四つほど机があり、部屋の四隅にありました。机と椅子のセットです。どの机も仕事で使えそうなほどです。決して、机を置いているだけではなく、使っている形跡があるのです」
「はいはい」
「そのリビングはまるでホールのように広いのです。ああ、彼はこれを見せたかったのかなあ、と私は思いました。やはり自慢したかったのでしょう」
「はい」
「まだ、聞いてもらえるでしょうか」
「はい、話してください」
「夢はこの後、すぐに終わります」
「どんな結末ですか?」
「そのホールのような部屋の隅に、出口らしい隙間がありまして、そこを抜けると細長い廊下に出ました。板張りの廊下で、その先を見ると、古いガラス戸の玄関が現れました。ガラスは割れ、テープが貼られています。それを開けると、昔懐かしいような長屋の町に出ました。振り返ると、長屋にいっぱい玄関がありました。その中の一つから私が出てきたんです」
「はて、それが現実以上に現実を感じる理由が、よくわかりませんが」
「その長屋の玄関が一番彼らしい、彼を象徴するイメージだったからです」
「そういうことですか」
「聞いてくださって、ありがとうございました」
「ところで、その彼は、今、どうなさっているのですか」
「もう二十年ほど会っていませんし、消息も知りません」
「じゃ、一度連絡してはいかがですか。その夢に現実味があるのなら、彼は長屋住まいのままですよ」
「はい、でもそれを確かめるだけで接触するのは控えたいと思います。気乗りしません」
「どうして?」
「彼が、嫌いだからです」
「あ、そういうことですか」
 
   了



2010年10月19日

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