小説 川崎サイト

 

庭の化け物

川崎ゆきお



「気分はいかがですか?」
 一人暮らしの西野老人の宅へ見回りのおばさんが声をかける。
「体調は悪いが気分は悪くない」
「それはなりよりで、では、また来ます」
 おばさんは単に生存確認で来たようだ。町内の当番になっているため、特に世話付きなおばさんではない。
「庭に化け物が現れる」
「では、お気をつけて」
「そうじゃない。庭に化け物が現れる」
 さすがに、二度言われると、聞こえなかったことにはできない」
「庭に……ですか」
 西野の老人は狭い庭を指さす。
「そうなんですか。では、お大事に」
「だから、化け物がでると言ってる」
「あ、はい」
「梅雨時は河童が出た。秋のこの季節は熊ほどの大きさの蝶がでる。いや、蛾だろうか」
「それは、頭が……」
「頭が?」
「いえ」
「もうろくして、あらぬものが見えると言いたいのか」
「いえ」
「その蛾の化け物が卵を産んで、その中から虫が出てきた。芋虫だ。これがまた、大きい」
「あの、また来ますので」
「あ、そう」
 おばさんはさっさと出ていった。
 西野老人は庭を見る。
 その視線の先に大きな葉っぱがある。
 芋虫に食われた形跡はない。
 一週間後、別のおばさんが当番になり、やって来た。
「西野さん、気分はどうですか」
「気分は悪くはないが、体調が悪い」
「眠れますか?」
「ああ、よく眠れる」
「じゃ、また来ますね」
「庭に化け物が出る」
「はいはい」
「天狗が山から下りてきた」
「それは面白いですねえ」
「そうか」
「また、来ますね」
「ああ、またね」
 
   了


2010年10月19日

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