幽霊そば
川崎ゆきお
幽霊は出ないが、幽霊そばと呼ばれる立ち食いそば屋がある。
そう呼んでいるのは、パチンコ仲間数人で、それ以外の人には通じない言い方だ。
つまり「幽霊そば」は言い方、呼び方にすぎない。暖簾に「幽霊そば」とは書かれていない。当然電気の看板にも。
このそば屋はチェーン店で、方々にある。それらすべての店が「幽霊そば」ではない。
パチンコ屋近くの特定の一店だけを差して呼んでいる。近くに、同じチェーン店がもう一つあり、そちらは「幽霊そば」とは呼ばない。
両店は百メートルも離れていない。チェーン店としては近すぎるのだ。最初にできた店も、幽霊そばと呼ばれている二番目にできた店も角にある。幽霊そばは商店街の入り口の一等地だ。古くからある商店街の小さな店で、歯が次々に抜けるように、その店も消えた。今では、よほど記憶力のいい人でないと立ち食いそば屋の前、なにがあったのかは思い出せないだろう。それほど印象が薄い店だった。
この店の後にできたのが「幽霊そば」だ。噂ではとりあえず角地を押さえておこうとそば屋のチェーン店が買ったようだ。このそば屋チェーン店は結構大規模な会社だが、さらにその上の親会社がある。
だから、百メートルも離れていない場所に、二店もできているのだ。
それで「幽霊そばの」の由来だが、元あった店の幽霊が出るわけではない。
また、実際にはそば屋が目的なのではなく、土地が目的なので、そば屋は幽霊のような存在だというのでもない。
パチンコ屋仲間の話によると、幽霊は毎晩出ない。また、夜とは限らない。
つまり、そこで働いているパートのおばさんが原因のようだ。
客がいないときは誰もいない。奥にいるのだ。そして、客の気配を察して、すーと出てくる。奥にちょっとした着替えや物置のスペースがあるようだ。
そして、顔が細長く、表情は全く動かず、声も発しない。
つまり、これが幽霊の正体なのだ。
仲間内だけでの呼び方のため、この仲間が解散すれば、幽霊そばも消えてしまうだろう。
了
2010年10月25日