小説 川崎サイト

 

悪霊の寮

川崎ゆきお



「こういう話を聞いてもいいのかどうか、少し迷ったのですが」
 紳士が妖怪博士に話しかける。
「ああ、いいですから、話してくださいな。わしは妖怪博士なのでな、どんな話でも驚きはせん。ありえんような不思議な話でもな」
 妖怪博士はいつもより丁寧だ。それは高額の報酬を前払いでもらっていたためだろう。
「友人の話で、私の話ではありません」
「はい」
「神学校に通っていた友人で、もう今は年寄りです。昔を思い出して、学校の寮へ行ったのです。
「全寮制の学校だっのですな」
「そうです。人里離れた静かな場所に学校と寮があったようです。友人は営業マンでして、退社後も営業の仕事を引き受けていました」
「営業の話ですかな」
「いえ、寮の話です。営業で回っていたついでに寮に立ち寄ったのです」
「はい」
「もう、神学校のことも忘れてしまうよな年齢です。五十年以上も前ですからね。高校時代の話ですよ。忘れ去った世界です」
「で、どうなりました?」
 妖怪博士は、少しだけせかした。
「もう移転してなくなっていると聞いていたようなんですが、あったんです。寮が」
「きましたな」
「はい、ここからです」
「本当はもうないのでしょ」
「妖怪博士にお聞きしたいのは、その理屈です」
「理屈?」
「はい。彼は寮で先生などと話しています。五十年ですよ。当時二十歳代の先生でも七十代です。定年退職しているはずです」
「つまり、その彼の記憶の中にある先生と話されたのですね」
「それより、少しだけ老けていたようです」
「微妙にリアルですなあ」
「先生たちは彼を歓迎しました。そして酒盛りを始めたのです。まあ、パーティーですね」
「神学校なので、神父か牧師さんでしょ」
「そちらの宗派ではありません」
「はい」
「その後、先生たちが豹変し、彼は襲われます」
「で、質問箇所はどこでしょう」
「結局、通りすがりの山伏に助けてもらうのです。彼が襲われた寮などなく、雑木林の中にいたようです」
「で、質問箇所は」
「はい、彼は幻を見ていたのでしょうが、そんなリアルな幻といいますか、幻覚はあるのでしょうか」
「そんな寮はなかったわけでしょ。もう取り壊されて、だったら、幻覚でしょうな」
「この場合、彼はどこへ行っていたのでしょうか」
「雑木林の中でしょ」
「はい、では、入り口から入って、先生と話したり、また、酒盛りをした部屋まで移動したりなどは、どういうことでしょうか」
「何が、どういうことですかな」
「移動しているのですから、体を動かしたと見るべきか、それとも夢を見ているように、同じ場所にいたのか、そのあたりの説明です」
「多少は動いたのではないですかな。夢遊病者のように」
「では、雑木林の中を、寮の敷地と思い、うろうろしたわけでしょうか」
「いや、それは危ない」
「え、何が危ないのです」
「どんな雑木林かは知らないが、ぶつかるだろ。また、つまづいたりする」
「でも、酔っぱらいは器用に避けながら家まで戻りますよね」
「じゃ、半覚醒だな」
「半分眠り、半分起きていたと」
「そうじゃ」
「助けた山伏の話によりますと、悪霊の結界の中に入っていた彼を助けたとなっています」
「そうなっておるのか」
「はい。結界の中とは、寮の中ですね」
「そうじゃ」
「その寮は彼の頭の中にだけある場所ですよね。夢のような幻覚だとすれば」
「そうじゃ」
「しかし、山伏の話によりますと、悪霊が彼の外部から仕掛けた罠となります」
「そうなりますか」
「はい。寮は悪霊のものなのか、彼のものなのか、どちらでしょう。これを聞きたかったのです」
「つまり、彼は一人で勝手に幻覚を見たのではなく、見せられたということじゃな。この場合、魅せられたというべきだろう」
「ということは、寮を発生させたのは悪霊で、その中に引っ張り込んだのも悪霊なんですね」
「悪霊は中継じゃ。間を取り持ったというべきかな」
「半分ほど、参考になりました」
「全部でないのが残念だ」
「最後に、それでは悪霊はいるのですか」
「その前に、山伏が本当にいたのかなあ」
「はあ?」
「通りがかりの山伏も、幻覚の中のキャラクターのように思える」
「では、彼の体験した廃墟の寮とは」
「そんな神学校が本当にあったのかのう」
「彼はそういってます。五十年前、神学校の寮で三年間過ごしたと」
「わかりました。ここまでだ」
「今日はありがとうございました」
「お役に立ちましたかな」
「はい、それなりに」
 
   了


2010年10月30日

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