小説 川崎サイト

 

二割の予備時間

川崎ゆきお




 小説家篠崎は、自分はいったいどれだけ仕事をやっているのか、整理してみる必要を感じた。このままでは破綻を来してしまう。何でもかんでも引き受けてしまい、締め切りが重なってしまったのだ。
 以前なら二日ほどの余裕を持たせていた。この二日とは、予備だ。つまり仕事が入ってきたときは、完成までの時間を計算し、それに二日をプラスしていた。
 最初は二週間のスケジュールにプラス二日を含ませていたが、仕事量が増えるに従い二日を二割にした。つまり、予定より二割ほど多くみることにしたのだ。
 だが、最近はその二割の予備も使い果たし、時間が足りなくなっていた。それではいけないと、考え直したのだ。しかし、仕事を断るのはいやなので、寝る時間を割いて書きまくった。
 そんなある日、小説家仲間の中村がやってきた。
 篠田の先輩だが、今は篠田の方が売れている。
「忙しそうだね」
「体が持たないよ。頭は持つけどね」
「結構じゃないか」
「中村さんはどう思う。予備時間というか、締め切りに余裕を持たせるって作戦」
 篠田は二割の話をした。
「逆にその二割りを当てにして、さぼるんじゃないかな」
「大当たり。大正解。実はそうなんだ。逆に二割減のスケジュールのほうが早くできてしまうほどだ。こちらの方が効率がよかったりして」
「でも、余裕もほしいんじゃないの?」
「だから、時間に余裕があると、なにもしないんだ。ぼんやりしていたり、散歩にでたり、飲みに出たりしている」
「今日は?」
「追い込まれている。今夜は徹夜だな。編集さんにもつきあわせてしまうことになるけど、最近、この追い込まれ方でないと書けなくなってるんだ」
「それでも書き上げられからすごいよ」
「まあね」
「じゃ、忙しそうだから、早々におじゃまするよ」
「そうかい、一区切りついたら飲みに行きましょうよ」
「ああ、そうだな」
 中村は金を借りきたのだが、言い出せなかった。今月の家賃が払えないし、電話もとまっていた。
「二割の予備時間か……」
 中村は十割百パーセントの予備時間の中にいた。
 
   了


2010年11月5日

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