小説 川崎サイト

 

蓑虫

川崎ゆきお



 木枯らしが吹いている。
 枯れ木屋敷と呼ばれる古い二階建てがあり、枯れ木老人と呼ばれる世捨て人が住んでいる。
 木枯らしが銀杏の黄色い葉を小判のように巻き上げる。
「今が旬だな」
 枯れ木屋敷前で深網笠の男が呟く。
「どういうことで?」
 坊主が問う。
「夏場は枯れ木屋敷は似合わぬ」
「はあ?」
「この季節だから、枯れ木屋敷が似合う」
「ああ、なるほど」
「木枯らしが吹いてこそ、枯れ木屋敷だ」
「でも、夏にも枯れ木屋敷はあるのでしょ」
「あらいでかい」
「そうですねえ。冬にだけ建っている屋敷はないですなあ」
「しかも古い。だから、冬場だけ建てたものじゃない」
「では、枯れ木老人はどうでしょう」
「これも冬だ」
「冬枯れしない木もあるのでは」
「葉がなくとも木が枯れておるわけではない」
「春過ぎには葉を出しますからな。では、彼は老人は冬とは限らないのでは」
「あの枯れ木老人は長身で細い」
「それは痩せているだけでは」
「老人は人生の冬場だ」
「冬場所のようなものですな」
「相撲のようにな」
「しかし、痩せ老人と相撲とは合いませんなあ」
「まあな」
 二人は枯れ木屋敷の前に出た。
 周囲は薄が身の丈ほどある。
「高橋様はどうしてこの季節に」
「だから、枯れ木屋敷なので、季節に合わせておるまで」
「昨年もそうでしたなあ」
「そのおりも、お坊と一緒だったか」
「はい、あれは暖かな真冬でした」
「さて、呼ぶかな」
「今年はどうでしょうなあ」
「お師匠ーー」
 深編笠を脱ぎ、そう叫んだ。
 二階の雨戸が開き、老人が顔を出した。首から下は布団を巻き付けている。蓑虫のように。
「お達者でなりより」
 老人はにこりと笑った。
「では、これにて」
 雨戸が閉まった。
「戻るぞお坊」
「どうやら、私の役目はなかったようで」
 
   了


2010年11月12日

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