小説 川崎サイト

 

おやつ

川崎ゆきお



「無性にドーナツが食べたくなることがあるんだ」
「ドーナツですか。買ってきましょうか」
「今じゃない」
「えっ」
「ドーナツが食べたくなるときがあるだけで、それは今ではない。だから、今、買いに行く必要はありません」
「はい、わかりました」
「ドーナツでなくてもいいのかもしれない。甘いものがほしいだけのことかもしれない。しかし、うぐいす餅ではだめだ。キンツバでもだめだ。アンパンでもだめだ」
「じゃ、やはりドーナツなんですね」
「揚げパンだろうね。おそらく」
「どうして、食べたくなるのですか?」
「理由はない。ただただ無性にだ」
「ありますねえ。私にも」
「そうだろ。で、君の場合は何だね」
「ポテトチップです」
 教授はしばらく考えている。
「油だよ」
 考えて出した答えがそれだ。
「油ですか」
「油がほしいだろうね」
「ドーナツは甘いですよ。砂糖系です。ポテトチップは塩系です」
「私は甘党で、君は辛党だからだ」
「ああなるほど」
「共通しているのは油だ」
「佐賀の化け猫みたいですねえ」
「ああ、油をなめる猫ねえ。しかし、私が言っているのはおやつなんだ。生きていく上で是が非でも必要なものではないし、嗜好品だ。猫は油が好きだ。人は誰もがドーナツが好きなわけじゃない。ドーナツではなくポテトチップが好きな奴もいる。しかし、どの猫も油は好きだ」
「うちの猫、油に無反応ですよ。それどころか、キャットフードしか食べませんよ。鰹節を見せても、臭いを嗅ぐだけで食べません」
「珍しいねえ」
「子猫の頃からキャットフードしかやってませんから」
「じゃ、牛乳は」
「飲みません」
「最初は、飲んだでしょ」
「子猫の頃もらった猫なので、そのころのことは知りません」
「じゃ、キャットフード以外は受け付けなくなったのかね」
「いえ、草とか葉っぱは食べます。与えるとかじってます。虫下しでしょうね。食べたあと吐いてます。だから、実際には食べきっていません」
「草餅でもいいねえ」
「え、ドーナツじゃないんですか」
「無性に草餅が食べたくなった」
「わかりました。早速買ってきます」
「そうしてくれるか」
 
   了


2010年11月23日

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