小説 川崎サイト

 

大団円

川崎ゆきお



 行者の滝の前で人が集まっている。円陣を組んでいるが、何かの行ではないし、また観光客でもなさそうだ。
「着替え所に隠れていた。そうでしょ」
 滝の横に小さな小屋があり、これが着替え所だろう。行水衣装に着替える場所だ。
「私は」
 和服姿の女が泣き出す。
 老いた僧侶が眼を閉じ、感情を抑えている。
 スーツ姿で顔の半分を前髪で隠した青年が、さらに語りを続ける。
「滝にうたれていた白銅さんが最後の言い残した言葉(季節はずれのチョウチョが舞った)とは麗子さん、あなたのことだったのです」
「私は……」
 麗子は真っ白な顔で青年を見つめる。
「もう復讐は終わりましたね」
「じゃあ、犯人は麗子様ですか」庭掃除の老人がだみ声で呟く。
「いけない」
 そのとき風が吹いた。
 それは麗子が風のように走り出したためだ。
「風の麗子……。そうなのです。彼女は敏捷で、並外れた運動能力の持ち主だったのです。着替え所から滝の上まで糸を張り、凶器をぶら下げ……」
「先生、麗子が逃亡を」探偵助手のショートカットの女の子が叫ぶ。
 探偵は動かない。
「まさか先生は」
 探偵は黙って立っている。
「自殺する気じゃ」老いた僧侶が言葉を挟む。
「とめるのだ」麗子の夫が叫ぶ。
 寺に世話になっていた少年が真っ先に追う。
 奥の院にある行者の滝から、少年は本道の前まで追いかけたとき、そこに、また人の一団があった。
「御影石の謎は、そういうことだったのです」
 真っ白なスーツにパナマ帽の青年が語っている。
 本堂前でひときわ目立つのは神主姿の老人だ。
「根津さん。あなたが神主になった年、立花さんはすでに殺されていたのです」
「わしは」
 神主は突然本陣を突かれた大将ような表情になる。しかし、これは作ったような演技だ。
「神主さん。あなたは、何十年も、かばってきたのですね」
 横にいる菊代は眼を伏せた。
「わ、わしが立花を……」神主の地の底から発するような声。
「やっと自白したな」刑事が神主に手錠をかけようとする。
「刑事さん。彼が犯人ではありません」
「何ですと、神林さん。それじゃ真犯人は」
 そのとき、菊江が走り出した。
「まさか……」刑事は菊代を目で追う。
「刑事さん。あなたも菊代さんを犯人にしたくない。昨夜僕は友人に調べさせました。あなたと菊代さんとの関係を……」
「そ、それは……」刑事の目が平泳ぎした。
 菊代は山門に向かって鮎が泳ぐかのように走っていく。
「止めるんだ。死ぬつもりだ。菊江さんは、間違った菊代さんだ」寺の事務員吉原が法被を翻しながら飛び魚のように追いかける。
 山門を抜けると茶店がある。
 その毛氈に、神妙な顔つきの集団が座っている。そしてじっと白髭男の一語一句に聞き入っている。
「それじゃ犯人は」
 どうやら、この寺では、この日、複数の事件の大団円が重なっていたようだ。
 
   了


2010年12月1日

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