小説 川崎サイト

 

自分探し

川崎ゆきお



「人の意見が気になりましてねえ。どの意見もああそうだと思えるんですよ。でもぜんぜん正反対の意見もあるんです。ああ、逆でもいいか。反対側の意見でもいいかって、思うんです。するとですねえ。人の意見を聞いていないことになるんですよね。耳で聞いてるだけで……」
「あ、そう」
「耳で聞いているだけじゃなく、ちゃんと頭の中で考えてますよ。決して聞き流してなんていませんよ。理解していますよ。でもですねえ。どの意見も納得できるんですよ」
「ある意味で納得できるという意味ですか」
「ある意味で正しいとかじゃなく、本当に、それでいいかなあと思えるんです。部分的な意味じゃないですよ。全体でですよ」
「それも一つの意見というような理解の仕方ではないと」
「はい、まさにそうです」
「で、君はなにがやりたいのですか。それによって、決まると思うのですが」
「それがねえ。ないんですよね。特に、これがやりたいとかが」
「まったっくないのですかな」
「作ればありますよ。だから、すぐに作りますがね。それってころころ変わるんですよ。もっと内面から立ち上がる、沸き立つようなものじゃないとだめなんでしょうねえ。それで一応捜すんですがね。なかなか沸きませんよ」
「じゃ、しかとした目的はないということでいいじゃないですか」
「それがないとだめなんじゃないですか」
「目的とはなんですか?」
「ああ、だから、それを聞きたいところなんですよ。そして捜しています」
「ああ、それでは、それは目的を捜すのが目的ということになりますがね」
「それそれ、それで結構です」
「それは自分探しですなあ」
「それって、OKなんでしょ?」
「OKとは?」
「目的の中にはいるのでしょ。つまり、誰かに聞かれたとき、自分探しが目的ですって、答えても大丈夫な」
「ああ、ありでしょうねえ」
「よかった。じゃあ、それでいきます」
「それで君は自分探しをする気はあるのですか?」
「取り合えず、それでいきます」
「沸き立ちますか」
「いいえ」
「今まで自分探しをやりましたか」
「やってません」
「どうして」
「だって、捜さなくても、ここにいるじゃないですか」
「あ、まあ、そうなんですが」
「先生、これで、すっきりしました。目的ができて、うれしいです」
「あ、はい」
 
   了

 


2010年12月6日

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