小説 川崎サイト

 

吸血鬼

川崎ゆきお



「有馬博士ではありませんか」
 倒れ込んでいる老人に前田が声をかける。
「そうだが」
「大丈夫ですか博士」
「吸血鬼とは蚊のことかもしれん」
「博士、大丈夫ですか」
「身体は大丈夫だ。少し貧血気味でな」
「その、つまり、精神衛生は大丈夫ですか」
「衛生?」
「精神を清潔にしておられますか?」
「私の脳は大丈夫だ」
「でも、吸血鬼が蚊だって今言いましたよ」
 博士は立ち上がる。
「大丈夫ですか。ふらついてますよ」
「君は誰だ?」
「博士のファンです」
「そんな偶然はありえん」
「だってブログに昨夜、明日は八幡藪へ行くとと書いていたじゃないですか。八幡藪は室生町の八幡神社裏の竹藪でしょ。僕は室生町の隣にある八重洲町に住んでます。だから、博士の現れるのを待っていたのです」
「藪蛇だった」
「藪蚊じゃないのですか」
「ブログに書くべきではなかった」
「それで、もう八幡藪からの戻りですか」
「室生吸血鬼伝説は八幡藪にありと見た」
「藪蚊が吸血鬼の正体だと言うことですか」
「そうだ。私も何カ所か刺された」
「藪蚊なら、どこにでもいますよ」
「特に八幡藪には藪蚊が多い」
「でも博士、吸血蚊なら、人がいる場所で活躍するんじゃないですか。八幡藪は地元の人でも入り込みませんよ。竹藪に用事はないですから」
「腹立たしい」
「え、失敗したからですか」
「きつい蚊でな、しかもしつこい。きっと先人も、このかゆさに腹立ち、蚊のことを吸血鬼と言ったのかもしれん」
「それなら、全国至る所で言われていますよ」
「では君は室生吸血鬼伝説は何だと思う。ほかに答えがあるかね」
「ああ、あの伝説は村伝説です」
「む、村伝説」
「ここは村なので、都市伝説とは言いにくいです」
「うむ、続けなさい」
「吸血鬼シリーズの映画が昔あったでしょ。日本を舞台にした吸血鬼の話です。その映画で吸血鬼をやっていた俳優が室生町に住んでいたのです。老後の話です」
「私もその映画は知っている。彼は病死したはずだが」
「その人によく似た人が住んでいたのです」
「と、いうことは?」
「だから、その映画を見た誰かが、彼を見て吸血鬼だと言いだしたんですよ。それだけの話です」
「私が想像しておる吸血鬼は、藪蚊の親玉で、そいつが藪蚊を使って人を襲わせ、たんまり血を吸った蚊を集めてだな……」
「そんなことを考えておられたんですか。博士は」
「だめか」
「吸血コウモリと同じ話ですよ。でも、蚊では弱いです。量が……」
 
   了


2010年12月7日

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