小説 川崎サイト



ビデオ屋の自転車

川崎ゆきお



 生きているのか死んでいるのか分からないようなビデオ屋がある。
 非常に小さな店で、以前はレンタルをしていたが、売り専用の店になっている。
 特に専門ジャンルを看板に掲げているわけではないので、マニアの常連もいそうにない。
 福岡は数日前から気になっていた。夕食後の散歩で、その店の前を毎日のように通っていたのだが、何かあるような雰囲気がする。
 数日前から自転車が何台も止まっているのを目撃したからだ。
 福岡は昔、裏ビデオをレンタルビデオ屋で買ったことがある。金曜日の夜、ほんの数時間だけ棚に並ぶ。翌日行くと、もうない。
 その店はすぐにオーナーも代わり、普通のレンタルビデオ屋に戻ったが、金曜の夜は取り合いになるほど混雑した。
 今までモザイクで曇っていた箇所が晴れているだけでも値打ちがあった。有名女優のモザイクなしは、まだ価値があった時代なので、高い値段でも福岡は買った。
 その種のビデオが通販で手に入り、今はネット上に溢れ、価値は落ちた。
 そんな時代に、マニア専門店でもないビデオ屋に客が押しかけるとは思えないのだが、ここ二日ほど、店の前に自転車が止まっているのが気になる。
 福岡はその翌日、万札を財布に入れ、行ってみた。
 しかし客はいない。
 若い店員がじっとこちらを見ている。万引きを警戒してのことだろうか。
 福岡は棚を見た。
 どのタイトルもありふれたもので、そのほとんどが中古品だった。
 そんなはずはない。あの金曜日の夜だけ出現するような、特別なDVDがあるに違いない。そう思いながら、すべての棚に目を通したが、それらしきものはない。
 初めての客には見せないのかもしれない。福岡は裏本時代の体験を思い出した。普通のエロ本を買った後、店員がそれを数冊出してきた。それかもしれないと思い、福岡は適当に選んでレジ台に置いた。
 しかし、何も起こらない。
 福岡は店を出た。そして並んでいる自転車を見た。
 次の日も自転車が同じように並んでいた。
 福岡と同じように、それに引っ掛かり、ドアを開ける客が多いようだ。
 
   了
 




          2006年6月21日
 

 

 

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