小説 川崎サイト

 

煎豆

川崎ゆきお



「そろそろシーズンだな」
「ああ、一日だけのな」
「今年はどうする」
「行くよ」
「大して、腹はふくれんけどなあ」
「わしは好物なんだ」
「好きなんだ」
「特に、年に一度のこのときはな」
「その日だけは、怪しまれないんだ。出る奴が出てるって感じで、誰も怪しまない」
「他の連中は、この時期、静かにしてるよ。年に一度、出歩かない日にしてる。そのほうが正しくないかい」
「趣味の問題だよ」
「これは趣味なのか」
「いや、趣味じゃない。趣味の問題じゃない。生き方の問題だ。私は几帳面でね」
「几帳面だから、行くのか」
「いや、もったいないからさ」
「だから、大して腹は膨らまないぜ」
「そういう問題じゃない」
 二人は日が沈むと、町に出た。
「最近少ないねえ」
「年々減るんだ」
「ほら、向こうで声が聞こえたぞ」
「よし、急げ」
 二人は、地面にはいつくばりながら、ゴソゴソしている。
「あそこに二つ」
「こっちに一つ」
「やはり家の中のほうが多いんじゃない」
「だめだよ。私たちは外なんだから」
「そうだね」
 二人、いや二匹と言うべきか、二体と言うべきか、赤鬼と青鬼が豆を拾っている。色の違いに意味はない。
「やせてるねえ。これ安物だよ」
「年々質が低下しているんだ。去年なんて、偽物の豆でねえ、歯が折れそうだったよ」
「それはいけないなあ」
 この二人の鬼は特殊な鬼で、鬼仲間ではさげすまされている。
 それは、ひもじいのではなく、単に意地汚いためだ。
 そのため、節分の豆まきの日、あえて出てきて、豆を拾って食べる。これをサガというのだろう。
 二人は、今年も卑しいことをして、町から立ち去った。
 
   了


2011年1月11日

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