小説 川崎サイト

 

北へ

川崎ゆきお



「おっと、そこの旅人」
「おや、おいらが旅人だとよくわかったねえ」
「見りゃ、わかるさ。この近辺の人じゃないだろ」
「ああ、この町は通りかかりの町で、通過するだけの町で、目的地じゃねえ」
「おまえさん。遊び人かい?」
「よくわかるね」
「見りゃ、わかるさ」
「話が分かるねえ。親父さんよ」
「わしも、若い頃は、おまえさんのように旅したもんだ」
「じゃ、この町は親父さんの故郷かい」
「旅の途中、ここで長患いしてな。病気は治ったが、もう旅をする気になれんようになった」
「いつのころだい?」
「おまえさんより少し年をいったくらいかな」
「それから、ずっとここで」
「元々大工だったんでな。それを活かして、根付いたのさ。しかし、もう年で、働けないよ」
「そうなんだ」
「すまないねえ。自分のことばかり喋って、おまえさんの身の上を聞くのを忘れていたよ」
「おいらなんて、大したことはないさ。よくある旅人だよ」
「よくはないとは思うけどね。今頃歩いて旅する人間なんて、珍しいよ」
「旅は歩きに限るよ。たまに夜汽車に乗るのもいいんだけどね。まあ急ぐ旅でもないし」
「夜汽車って、まだ走っていたかなあ」
「北へ帰るとき、乗ることがあるよ。春になるとね。北へ帰るんだ。少しでも早く着くように」
「夜汽車って、夜行列車のことかい。それなら、新幹線や、飛行機の方が早いんじゃないかい」
「それじゃ、旅にならねえよ」
「あ、まあ、そうなんけど」
「長居したな。そろそろ旅立つよ」
「ああ、気をつけてな」
 親父はそんことを想像しながら、誰も立ち寄らない道の駅で、今日も店番をしている。
 
   了

 


2011年2月7日

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