小説 川崎サイト

 

雨音

川崎ゆきお



 久しぶりの雨だ。
 前川は忘れていたものに出合った感じとなる。雨の降らない地域ではなく、それなりに降っている。その間隔が長かったため、雨の感覚を忘れていたのだ。その感覚との出逢いが、久しぶりだった。
 雨音が屋根に当たるのか、滴が屋根に落ちる音なのか、ポツンポツンと規則的な音がする。屋根瓦に直接当たる雨粒の音ではない。合板の庇に当たっているのだろう。
 その音で前川は雨の降り方を関知する。雨であることはわかっている。雨の強さだ。
 雨足が強いと外に出るのが億劫になる。
 タバコが切れている。寝るまでには間がある。
 指でタバコの箱をこじ開ける。そうしなくても、持ったときの感触でおおよその本数はわかる。紙でできたタバコ箱なので、本数が減ると形が変わる。なくなるとすかすかになる。
 隅っこに二本ほどある。これは目で確認した。
「二本では足りない。五本はいる」
 どうせ買いに行かないといけない。雨だろうと嵐だろうと。
 コンビニはすぐそこにある。濡れてもわずかな距離だ。
 前川は再び雨音を確認する。
 それほど降りは激しくない。
 壁の時計は夜の一時。まだ前川にとっては宵の口だ。
 前川は上着を羽織り、ドアを開ける。
「あれっ」
 雨など降っていない。
「あれっ」
 自分自身に「あれっ」と言ってしまう。
「あれれ」
 何ともいえない……錯覚だろうか。
 前川は室内に戻る。
 やはり、雨音はしている。
「猫が屋根の上から庇めがけて小便でもしたんだろうか」
 それにしては長い。
 前川は窓を開ける。
 すると、テラスが濡れており、雨のにおいがするし、少し先の水銀灯に雨の斜線が走っている。
「あらら」
 前川は再び玄関に出る。
 雨は降っている。
 当然だ。
 しかし、さっきドアを開けたとき、雨は降っていなかった。
 雨はずっと降っている。そのときだけやんだとは思えない。
「まあ、いいか」
 何かの身間違いだと思い、傘を差し、コンビニへ向かった。
 当然だが、無事タバコを買い、戻ることができた。
 
   了

 


2011年2月10日

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