小説 川崎サイト

 

掃除

川崎ゆきお



「おや、珍しい。何か心境の変化かい?」
 高橋がドアを開けるなり聞く。
「暇なのでね」
 訪問した高橋は、座布団の上で鎮座している伊藤を見て、その心境の変化を聞きたかった。
 伊藤の部屋は足の踏み場もないほど散らかっていた。
「畳だったんだ」
「ああ」
「いろいろあっただろ。家具はどうした。引っ越すのか」
「いや、あの家具は拾ってきたものだ。使えそうなタンスだったんだがね。それで、タンスの中を見ると、もう使わないものばかり入ってるんだ。だから、ゴミに出したよ」
「そのほか、いろいろあっただろ。ホームゴタツとか本箱とか、畳の上にその他いろいろあったじゃないか」
「本箱の中の本は全部古本屋で買ったものでね。もう読んだものはいらないし、読む気のない本も、もういらない」
「それで、すっかり片づいたのかい」
「ああ、暇なので大掃除したんだ」
「だから、その大掃除する心境を聞きたいんだ」
「今いったように、暇なので、何かやろうと思って」
「それが、大掃除なのかい」
「そうだよ」
「でも、それは面白くないネタじゃないのかい。いくら暇でも」
「いや、やりだすと実に痛快でね」
「他に理由があるんだろ」
「本当に、純粋に。大掃除だよ」
「君は掃除する習慣はなかったはずだ」
「だから、まとめてやるんだよ」
「じゃ、この部屋、数年すると、また散らかるわけ」
「そうだね」
「常日頃から掃除すれば、散らからないよ」
「だから、掃除をする趣味はないんだ」
「掃除は趣味じゃないよ」
「ああ、そうだね」
 訪問者の高橋は機嫌が悪い。
「じゃ、また来るよ」
「もう帰るの? 何か話があったんじゃないの」
「もういい」
 高橋は伊藤の部屋以上に散らかしており、一度も掃除などしたことがなかった。
 
   了


2011年3月11日

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