小説 川崎サイト

 

夜のもの達

川崎ゆきお



「夜のものがいる」
 高橋はそうつぶやきながら深夜の町内をうろついている。
 禿頭だが耳の周りだけは長髪だ。二十センチほど延びているだろうか。
 そのため、禿げていても長髪なのだ。
 その容姿から「夜のもの」とは、彼のことではないかと思うほどだ。
「夜のもの」とは、高橋に言わせると怪しいものどもらしい。それが妖怪を指すのか、幽霊を指すのか、裏家業の人を指すのかは明快ではない。
「見たのですか?」
 高橋の甥、秀一が聞く。
 秀一は最初からこの叔父は病気だと思っている。
「夜のものがいる」と、言いながら夢遊病者のように、または、徘徊老人のように外出するからだ。
「見たわけじゃない」
「じゃ、いないのでは」
「いや、気配がする」
「映像はないのですか」
「映像? これは現実じゃ」
「つまり、叔父さんが実際に具体的に見たわけではないのですね」
「いるのは確かだ。ただ、そいつは目に見えんらしい。だが、わしは見抜いておる。わしはいることを関知しておるのだ」
「それは感じているだけのことでしょ」
「それで十分じゃないか」
「でも、幻覚かもしれませんよ」
「気配も幻覚か?」
「そうです。いないものがいるのですから」
「いや、夜のものがいる。これは確かだ。そしてなにやら怪しいことをしておる。あの連中を活かしておるとろくなことにはならん。秀一」
「はい」
「おまえを呼んだのは一緒に退治しにいこうということでだ」
「退治」
「いやか」
「もし、そんなものがいるのなら、面白いと思いますが」
「じゃ、行くか」
 秀一は叔父の幻想につきあうことにした。
 その同じ町で、木村老人が妙なことを言い出している。
「妖怪を見た」と。
 その妖怪は頭は禿げているが、側頭部から非常に長い髪の毛が垂れ下がっているとか。
「そんな妖怪なんていないわよ」
 容姿が今一つの孫娘がつっこむ。
「昨夜など、子分を一人連れていた」
「夜中にうろうろするから、変なもの見るのよ。ぼけてるのよお爺ちゃん」
「なら、今夜でもついてこい。本当にいるんだから」
 その後秀一は、夜のものを見た。容姿が今一つ残念な女子を連れていた。
 だが、一緒にいた叔父は見えなかったようだ。
 
   了

 


2011年3月19日

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