小説 川崎サイト

 

片目のTシャツ

川崎ゆきお



 二日前のことだった。作田は服を見ていた。
 もう春物ばかりが並んでいたが、売れ残った冬物が少しだけ吊されていた。丸いハンガー台に種類の違う冬物が混ざりあっている。
 コートもあればTシャツもある。
 春物は種類ごとに置き場所が違う。それに比べると、冬物は明らかに売れ残りのたまり場のようになっている。
 作田は次の冬にそれを着ようと思い、半額以下になったワイシャツやカーディガンを見ていた。
「二日前のあれが出たのだろうか」
 夜中のことだ。
 もう朝かと思い、目を開けた。しかし、窓は暗い。
 せっかく起きたのだから、トイレにでも行こうと思い、電気をつけた。
 すると、壁に人がいた。
 すぐにそれは吊していたTシャツだとわかったが、そこにかけた覚えもないどころか、買った覚えのないTシャツなのだ。
 ちょうど胸のあたりに模様が入っており、それが人の目に見えたのだ。
「見覚えがある」
 買った覚えはないが、見覚えがあった。
 二日前買うかどうかを考え、結局買わなかったTシャツだった。
「あり得ない」
 作田はそのTシャツをハンガーごと手にした。一方の手で触ってみた。ただの安っぽいが分厚い合繊の冬物Tシャツだった。
 幻覚ではない。触れたのだから。
 作田は元の壁に掛け、トイレに行った。
 戻ってみるとまだある。
 そのまま布団をかぶり、寝た。
 朝、起きてみると、それは消えていた。
 夢でも見ていたのかと思うが、こんなにはっきりとした夢はありえない。
 その証拠に、そのときトイレに行ったので、尿意がない。もうすませたからだ。
 その日、いつものように仕事を済ませ、夕方あの店へ行ってみた。
 相変わらず春物がずらりと並んでいる。
 そして、その奥にあった円形のハンガー台には別の春物が吊されていた。もう冬物は消えていた。
 作田はTシャツの妖怪だろう……で済ませたが、そんなことで済む問題ではないだろう。
 その後、目のあるそのTシャツは出ていない。
 
   了


2011年3月20日

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