小説 川崎サイト

 

参謀

川崎ゆきお




「やあ、参謀長」
 村岡は吉田に呼び止められる。
 村岡も吉田もママチャリに乗っている。
 村岡はスーパーで買ったネギがレジ袋からはみ出し、見えている。思わず隠そうとするが、その時間はない。吉田はすでに確認しているはずだ。
 だが、吉田は村岡の自転車の前かごなど見ていない。昔の同僚に遭遇したことでいっぱいだ。むしろ村岡の頭の禿具合の方をチェックしていた。
「参謀長、元気でしたか」
「その参謀長はやめてくれないかな」
「じゃあ、参謀本部」
「昔のことだ」
「営業の中枢といわれた人がスーパーで買い物ですか」
 村岡はネギを気にした。折って入れるべきだったと。
 しかし、吉田はレジ袋一般としてみているようで、ネギそのものには何ら意識的にはなっていない。つまり、スーパーで野菜などを買ったのだろう程度だ。
「最近どうですか」
 二人は同い年だが、村岡に対し吉田は敬語を使うことがある。村岡の力を評価しているのだ。
「最近はねえ。かけそばだ」
「かけそば。蕎麦ですか」
「蕎麦が問題なんかじゃない。その上に何を乗せるかで考えているんだ」
「ああ、それなら天ぷら蕎麦でしょ」
「いや、その店には天ぷら蕎麦はないんだよ。天ぷらがほしければ鍋焼きうどんを注文しないといけない。私の食べたいのは蕎麦だ。鍋焼きはうどんだからね。うどんは煮込めるが、蕎麦は煮込めない」
「ああ、ごもっともごもっとも」
「さて、そこでだ。私はコロッケかアジのフライを乗せようと思っているんだ」
「選べるんですね」
「そうそう、セルフサービスでね」
「アジの天ぷらがない。あればこれを乗せる。かけそばにはフライものはあわんと思うのだが、コロッケはそうではない。コロッケに関しては選択肢はない。コロッケの天ぷらはないからね」
「え、で、何が問題なのです」
「だから、フライだと天ぷら蕎麦にはならんだろ。その証拠にエビフライをかけそばに乗せるかね。天ざるにエビフライを添えるかね。天丼にフライものを乗せる例はある。カツ丼だ。まあ、その問題はいい」
「何で悩んでいるのか知らないけど、そうやって食堂で外食できるだけましですよ。僕なんかずっと自炊で、メインは百均のサンマの缶詰ですよ。サバもいいですがね。焼き肉もあるんだけど、量が少ない。貝の缶詰もあるけど、他のものでかさ上げしてる。それに比べれば、外食での悩みなんて、贅沢ですよ」
「いや、私は決して贅沢なものを食べようとは思っていない。かけそばにアジのフライを入れると、どんなものになるのかを考えておるだけだ」
「そんなもの、食べたらわかるじゃないですか」
「食べる前に予測できるはず」
「さすが参謀長」
「それに、その店のかけそばには最初から天かすが入っておる。だから、これで十分天ぷら蕎麦を食べた気持ちになれる。だから、そこにアジのフライを入れると、どうなる。チャンポンじゃないか。出汁はパニックを起こす」
「僕はフライはだめだな。天ぷら派だ。なぜなら、あのフライのパン粉の固まりで、歯をやられたことがある。意外と固いんですよね」
「私もそれが心配なんだ。それにアジのフライは骨が忍んでおる。伏兵だ」
「それそれ、小骨は何とかなりますがね、たまに背骨が入っているときあるんだな。あれは泣きますよ」
「豪腕営業マンでならした君もアジのフライの骨で泣くか」
「参謀長は臆病なんだ。食べてみればいいでしょ」
「予測がつくまで動かん」
「さすが参謀」
 
   了


2011年3月22日

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