小説 川崎サイト

 

ベルが鳴る

川崎ゆきお




 佐伯は震える子機を手にし、かやくご飯定食を取りに行く。
「すみません。もう少しお待ちください」
 まだ、できていないのにベルを鳴らしたのだろう。
 佐伯はぼんやりしていた。靴を買いにきたのだが、気に入った靴と実用性とが問題になっていた。どちらも実用的なスニーカーだ。そのため、靴だけが欲しいわけではない。つまり、はかないで持っているだけの靴ではない。また、それほど高いものではない。
 再び子機が鳴り、テーブルを振るわせた。そのまま放置すれば徐々に移動し、テーブルから落ちるかもしれない。
 佐伯は子機を持ち、ボタンを押すと音と振動は消えた。そして、カウンターに近づく。
 トレイにはかやくご飯が右端に乗っている。左側はスペースだ。
「すみません。今作っていますので、しばらくお待ちください」
 別に催促にきたわけではない。ベルが鳴ったからだ。
 さて、靴だ。
 気に入っているのは淡い茶色の靴だ。これにすべきなのだが、心配がある。それは汚れがすぐに見えてしまうことだ。もう一つの候補は焦げ茶だ。黒に近い。しかし、デザインが今一つだ。そのかわり柔らかなクッションが分厚い唇のように開いている。それがやや野暮ったい。
 再びベルが鳴る。
 今度はできていると思い、カウンターへ行く。
 だが、トレイの左にはまだうどんが乗っていない。また、店の人も奥にいる。
「しばらくお待ちください。今できますから」
「このベルどうして鳴るの?」
 妙な聞き方だ。できたから鳴らして呼び出しているのだ。
「すみません。スイッチを切り忘れていたようです」
 佐伯は瞬時に、そのメカニズムを解読した。カウンターにある番号を押すと子機のベルが鳴る。そこまではわかる。その後、一定時間内にまた鳴る仕掛けなのだろう。
 最初ベルが鳴ったとき、まだできていなかった。もしできていたらスイッチをオフにすることで、二度と鳴らない。
 ちょうど目覚まし時計のような仕掛けなのだ。起きなければ、間隔を開けて鳴る。
 佐伯は何度もベルが鳴る度にカウンターへ行っていた。店の人はスイッチを押した覚えはないのだ。
「すみません。できましたらお運びします」
「ああ」
 佐伯は一言文句を言おうかと思ったのだが、せっかくのかやくご飯定食がまずくなる。
 それよりも靴だ。
 かやくご飯定食など、適当にかき込めばいいのだ。
 やがて運ばれてきた物を見ると、かやくご飯もうどんもハーフサイズで、非常に食べやすかった。
 さて、靴だ。
 汚れが目立たず靴擦れしにくいタイプにすることに決めた。
 ただ、明日買いに行くので、そのとき、また変化するかもしれないが。
 
   了


2011年3月26日

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