小説 川崎サイト

 

冬の扇風機

川崎ゆきお




「ほほう、冬場に扇風機ですか」
「店のアクセサリーなんだがね」
「回っているのですか?」
「回っています」
「それって、昼行灯のようなものかなあ」
「昼行灯?」
「忠臣蔵の大石内蔵助のあだ名ですよ。昼間で明るいから行灯の光が見えにくい」
「ああ、そういう意味だったのかな。僕は必要のない無駄な明かりだと思っていました」
「それは便所の百ワットですよ」
「なるほど、明るすぎますねえ」
「よく見えない方がいいんですよ」
「その扇風機は天井にありましてね」
「ああ、店屋の扇風機の話ですな」
「コーヒーショップなんですが、以前はブティックでね。お洒落な洋服を売っていた店です」
「じゃ、コーヒーショップ用の換気用じゃないのですな」
「換気というより、空気をかき混ぜているだけです。当然、この扇風機で夏場は涼しいというわけでもない。回転がゆったりしている。だから、風は感じない。従って、ブティックのアクセサリーなんでしょうな。僕のような年寄りが入る店じゃないので、前を通るだけでしたが、扇風機は確認していました」
「わかりました。その扇風機、南の島にあった日本軍の参謀本部のイメージがあります。南国イメージ演出用だったんですな」
「きっとそうでしょ。しかし、コーヒーショップになってからも取り除かないでそのままです。天井にくっついているんですよ。四枚羽のレトロなね。昔のプロペラ式戦闘機のような感じです」
「ああ、ゼロ戦とか、隼とか」
「どちらかというとヨーロッパ風です」
「じゃ、南仏風な」
「そうそう。しかし、コーヒーは南国のものでしょ。だから、コーヒーショップにはあっている」
「でも、昼行灯なんでしょ」
「まあ、換気には貢献しているかもしれませんね。店内の空気をかき混ぜているだけですので」
「わずかな力ですなあ」
「冬場の扇風機ですが、回りが遅いので、寒くはない。風を感じない」
「で、それがどうかしたのですか?」
「そのコーヒーショップがつぶれても、次のオーナーもきっとその扇風機は撤去しないと思います」
「どうしてですか」
「取り外すのが面倒だからでしょう。天井に穴が開きますよ。意味のない穴がね」
「ああ、なるほど」
 
   了



2011年3月27日

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