小説 川崎サイト

 

エレベーター

川崎ゆきお




「エレベーターで老人と一緒になった」
「君も老人じゃないか」
「私よりもうんと年寄りでね。見るからに老人だ。絵に描いたような老紳士だ」
「何かあったの?」
「私は一階からエレベーターに乗った。老人は二階から乗ってきた。ヨロっとしている。エレベーターが動いたためだろう。何か話しかけてきたが、よく聞き取れない。寒とか暑いとか、そんな言葉だろう」
「で、何かあったの?」
「私は気安い気分になってね。決してそれは老人をいたわる気持ちじゃない。優越感のようなものだな。私はそこまで老いていないという」
「そういう話なの?」
「半分そうだ。しかし……」
「何かあったんだ」
「私は親切心で『何階ですか』と声をかけた。すると『一番上』と答えた。一番上とは屋上だ。私は思わず屋上のボタンを押そうとしたが『屋上じゃない』と、すぐに否定した。一番上の階は百均だ。それなら私が行く階と同じだ。だから、そのまま何もしなかった。老人はきっと百均のある階のボタンが明るいことを確認していたのだろう」
「それで?」
「五階でカップルが降りた。すると老人は『見たか、今の、あれは日本人じゃない』と言い出した。私はよく見ていなかったので、そのカップルをよく見ていなかった。それほど特徴がなかったためだろう」
「そのカップルの話かい?」
「老人は『アメリカの影響だ。あんな日本人はいない。あんた、どう思う』と尋ねてきた。私はよく見ていなかったので、何ともいえない。アメリカ人のような服装といっても、ピンとこなかった」
「アメリカ嫌いの老人かな?」
「さあ、よくわからない。その後ぼやきだしたが、私はにやにやしながら聞き流していた。否定も肯定もしなかった。そして、扉が開き、百均に入った。老人は写真撮影コーナーののれんのようなものを杖で突いた。のれんには派手な化粧をした女子が書かれていた。そして『これが、いかんのだ。これが』と興奮し、さらに杖でのれんを揺らした」
「暴れ者だなあ。その人」
「私という観客がいるので、そのアクションが可能だったように思われる」
「一人じゃ、そんなことはしないと」
「そう」
「それで?」
「私は、これ以上老人と一緒にいるのは危険だと思い、早足で店内を進んだ。そして、声だけが聞こえてきた」
「何を、また言っているの」
「何を買いにきたのか、忘れてしまったじゃないか……と」
「落ちを付けたんだ。老人は自分で」
「らしい」
 
   了


2011年3月28日

小説 川崎サイト