小説 川崎サイト

 

お旅所

川崎ゆきお



 妙な空間がある。土地というか場所だ。空き地ではない。
 ぽつりぽつりと商家が並んでいる場所で、街灯に商店街の名残がある。妙な空間はその真ん中にあり、商店街の催し会場として使われていることもある。抽選会などでテントが張られていることもあった。
 普段はなにもない空き地だ。
「何でしょうね」
 増村は地方銀行の小さな建物から出てきた老人に聞く。
 増村は最近この町に引っ越してきた青年だ。滅多に人とは話さないタイプなのだが、引っ越し先の気楽さからか、または話しかけやすい老人のためだろうか。
 老人は蟻のよう風貌。増村は昆虫になら話しかけられると思ったのだろう。ごく自然に声が出てしまった。
 蟻老人はショルダーバッグを袈裟がけしている。それが働き蟻が巣に持ち帰る餌のように見える。
 蟻老人はとっさにショルダーを握る。
 増村は長身で無精髭。
「何がかな」
「この空き地です」
「ああ、これはお旅所だよ」
「お旅所」
「祭りの時の基地じゃ」
「祭り」
「この道の端に神社があるだろ。あそこの祭り用だ」
「何をするんですか。そのお旅所は」
「全員集合するんだよ。そして商店街を練り歩く」
「御輿とか、山車とかが出るのですか」
「囃子っ子がいっぱい出る」
「はやしっこ?」
「女の子が黄色い声ではやしたてるんだ。手に鈴を持ってね」
「それは地元の神社の行事なんですね」
「もう、やっとらん」
「でも、お旅所は残った」
「ああ、今は商店街で使っとるが、もう三軒しか会員はおらんから、ただの空き地だよ」
「自転車置き場にされそうですね」
「止める奴といやぁ銀行に来る人だよ。銀行前に止められる」
「旅立つわけですね」
「わしがか……それはまだ先だ」
「いえ、お旅所は、旅立つ基地なわけですよね。旅行ですね」
「旅といっても、神様がちょいと村ん中を周回するだけじゃ」
「じゃ、旅をするのは信者ではなく、神様なんですね」
「わしらはお供だよ」
「お爺さんも参加したこと、あるのですか」
「ああ、十年前に終わったが、わしも世話役の一人として」
「ありがとうございました」
「もういいのか」
「何だろう。この場所は、と思ったので、つい聞いてしまいました」
「あ、そう」
 
   了


2011年4月14

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