小説 川崎サイト

 

鬼に金棒

川崎ゆきお



 地方都市のホテル。大俳優がロケ先の宿としている。
 ロケ地から一番近くて、ましなホテルはここしかなかった。
 共演者やスタッフは田舎のスナックなどで飲んでいたが、大俳優はつきあわず、さっさと宿に戻っている。
 五階建てのホテルはいわゆるビジネスホテルで、寝るだけの場所だ。しかし、まだ宵の口。
 そこへある男が大俳優に会いに来た。
 最初断られたが、ある品物を持ってきているので、参考までに見てもらえないかというと、五階の部屋まで行けることになる。
 ドアを開けると大俳優は窓際に立っていた。
「まあ、どうぞ」椅子を勧める。
「この前、来た会社でしょ。自分はテレビには出ないですから」
「その前に、これを見て欲しいのですが」
「ああ、見せてよ」
 男は鞄から筒を取り出した。
「単眼かい」
「倍率がすごいです」
「少し大きいねえ」
「置いていきますか」
「ああ、貰えるんなら、いただきだ」
 大俳優は高倍率単眼望遠鏡で夜景を見ている。
「いいねえ」
「例の話なんですが」
 男はこの大俳優にテレビドラマの交渉を何ヶ月も続けている。
「それとこれとは話は別だ」
「じゃ、これはどうですか」
 男は年代もののビデオカメラを取り出した。
「重かったでしょ」
「いえいえ」
「ビデオは持ってるから、いいよ。それにそれほど倍率ないし」
「ちょっと覗いてください」
「見なくてもわかってる。それ、赤外線でしょ」
「さすがに先生」
「製造中止になってるし、バッテリーも売っていないし」
「だめですか」
「ああ、いらない」
「それに」
「何でしょうか」
「記録する気はないから」
「ああ、なるほど」
「だから、ふつうのコンパクトな望遠鏡でいいんだよ」
「これなんかどうです」
「まだ、鞄の中にあるの」
 男はゴーグルを取り出した。
「暗視鏡じゃないか」
「特殊部隊が使っているものです」
「イスラエル」
「いえ、フランス製です」
「あそう」
 大俳優はゴーグルをはめ、夜景を見る。
「すごいね、これ」
「望遠効果はないですが、この単眼鏡と組み合わせれば、鬼に金棒です」
「金棒ねえ。うんうん」
「いけるでしょ」
「この金棒欲しい。でもこれ、バッテリーは」
「市販のボタン電池でいけます」
「やったねえ」
 その後、男は何度か大俳優に連絡をとったが、まだテレビドラマ出演のOKは出ていない。
 
   了

 


2011年4月22日

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