小説 川崎サイト

 

奇跡の信号

川崎ゆきお



「信号がねえ、全部青になるんだよ。これってモーゼだよ。海が割れるようにね、すーと道が開けているんだ。偶然そうなのかと、最初思ったんだがね、左折しても右折しても同じなんだ。もう青い青い。信号待ちなしで、どんどん進める。夜中だけどね。車は走っているよ。だから、私が青信号で進んでいると、ちゃんと止まっている。何台もね。赤だから止まって当然だけど」
「それは何ですか」
「何って、夜中に、ふとドライブにでたくなったんだ。そういうことない」
「車を買ったときは、あったかもしれませんが」
「あっそう。私がふとドライブにでたくなったのは何かの啓示を受けたのかもしれない。理由がないんだから」
「啓示ですか」
「そう、神の啓示だよ」
「それで、何かありましたか?」
「ない」
「何もなかったのですか?」
「何もないことはないでしょ。信号が全部青で、私がいくところ、全部そうなんですよ。パトカーや救急車、消防車並ですよ。それより快適なのは、スピードを落とす必要がないんですよ。だって青なんですから」
「どこへ向かったのです?」
「ふと思いついたドライブだからね、目的地なんてないよ。そうでしょ。用事で走っているわけじゃない。信号が青なので、もうそれだけで楽しくて楽しくて」
「では、その辺をドライブして戻ってきたのですね」
「ああ、そうだね。気がついたら家の近くなので、そのまま車庫に入れたよ。ずっと青のままね」
「その後、どうされました」
「興奮したから、まだ、冷めやらぬ状態だった。もし、赤信号があったらどうしようかと思ってね。パーフェクトだった。だから、すごい達成感があってね。何かが落ちた感じだよ」
「何が落ちたのです?」
「もやもやした気分だよ。それがなんだからわかないけど、まあ、要するにストレスが落ちた感じかな」
「すっきりしたと」
「そう、壮快な気分で終わりだよ。でも、そういうわけにはいかなかった」
「何かありましたか?」
「ドアを開け、室内に入って躓いたよ」
「はあ?」
「ドアの前にゴミ箱を置いていてね、それに足を引っかけてしまった。まあ、軽いものだから、ゴミ箱をけ飛ばしたってことかな。部屋中ゴミが散乱した。たばこの吸い殻を捨てていたからねえ。掃除するのが大変だったよ」
「その後、どうなりました」
「それでも気分はいいよ。青信号の爽快感がまだ残っていたからね。そのまま寝たよ」
「それだけですか?」
「大変なことだよ。信号が全部青なんだから、それだけの話じゃない。もうこれだけでも大変な話だよ」
「それで、啓示はどうなりました」
「さあ、何かよくわからないなあ。神様が魔法で信号を全部青にしてくれたわけなんだけど、それだけのことかもしれない」
「それ以上意味はないと」
「それから、相変わらずの日常をおくっているよ。あの信号の奇跡は何だったのかと、今でも考えるんだだが、それだけで終わっている」
「また、妙な体験をなされたら、お話ください」
「ああ、そのとき、また話すよ」
「お願いします」
 
   了


2011年4月27日

小説 川崎サイト