小説 川崎サイト

 

カブ山

川崎ゆきお



 カブ山は聖なる山で、神が住む山とされ、人が入り込んではいけないと言われている。山そのものが御神体だ。
 いつの時代かはわからないが、誰かがそう決めた節がある。
 カブ山信仰の起こりは土着の人々を征服した民族が作ったものらしい。そのため、元々そこで暮らしていた人々にとり、それは外付けの信仰となっている。
 しかし征服した側も征服された側も時代とともに一緒くたになり、カブ山に祭られている神も曖昧なものになった。
「何という神ですか」
「カブ神です」
「カブ地方の神様ですか」
「神様ではなく、カブ地方の有力者です」
「人が神になったのですね」
「供養のようなものでしょう」
 案内人も、うまく説明できないようだ。カブ地方に昔からいた一族がおり、それが滅ぼされた。滅ぼした側が、カブ一族を祭るためにカブ山を御神体とした。
「山岳信仰じゃないのですね」
「カブ一族の墓のようなものでしょ」
「じゃ、カブ山に埋めたのですか」
「いや、カブ一族は滅ぼされましたが、残っている人々も実はカブ一族です」
「カブ一族って何ですか」
「わかりません。このあたりの豪族でしょう」
「どうして、カブなんですか」
「このあたりの呼び名がカブなんです」
「漢字でどう書くのですか」
「残っていません」
「それで今も地図ではカタカナのカブなんですね」
「地名として残っているのはカブ山で、カブ村とか、カブ地方とかの名はありません」
「じゃ、山だけ残った」
「そうです」
「今も入山できないのですね。登ってはいけない山として」
「しかし、国有地ですからね。別に信仰対象ではないのです」
「じゃ、案内してもらえます」
「ああ、それはできません。人が立ち入ってはいけない山ですから」
「あなたもカブ山信者なんですか」
「そうじゃないですが、人が馴染んでいない山は危険ですから」
「手入れとかですか」
「それもありますが、人慣れしていない山ですから、危ないのです」
「それって、やっぱり信仰でしょ」
「迷信です」
「根拠はないのですね。だったら大丈夫じゃないですか」
「はい、でも、あえて登る必要はないでしょ」
「神話がまだ生きているのですね」
「まあ、そういうことです」
 
   了


2011年4月28日

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