小説 川崎サイト



愚者の石

川崎ゆきお



 敷島は禅問答は苦手だった。
 しかし会長の質問はそれに近かった。ある返答をすることで幹部社員になれたりなれなくなったりするのも腑に落ちない。
 会長の質問は簡単そうにみえた。
 賢者の石と愚者の石があり、どちらの石を持ちたいかというものだった。現実にはあり得ない話で、そんな石が存在するはずはない。そのため敷島は問いかけそのものがおかしいと答えたかったのだが、それは選択肢にはない。
「愚者の石を選びます」
「愚か者になるということか?」
「はい」
「理由は?」
「私は愚か者だと常日頃思っています。賢い人の意見を聞いたりする謙虚な心を持ち続けられるためです」
「愚者では幹部にはなれん」
 敷島は選択に失敗したことになるが、やはり腑に落ちなかった。
 久坂は賢者の石を選んだ。
「より聡明になりたいからです」
「では賢者とは何かね?」
「賢い人です」
「賢い人とは何かね?」
「聡明な人です」
「聡明な人とは何かね?」
「賢い人です」
 無限ループのような問答が繰り返された。
 既に数十回続いている。
「もういい」
 会長は根負けしたのか、そこで問うのをやめた。
 久坂も不合格だった。
 松尾はどちらも貰いたくありませんと答えた。
 しかし、それは選択肢になかった。
 松尾は会長の論理パターンを読み取ろうとした。既に敷島と久坂から予備知識を得ていた。
「では、両方いただきます」
 それも選択肢にない。
 つまり、どちらかの石を選ばなければ幹部になれないのだ。
「幹部になりたくはありません」
「どうしてかね」
「気苦労が多そうなので」
 会長は笑い出した。
「苦労を厭うようでは幹部にはなれん」
 松尾も不合格だった。
 三人が話し合った結論ははっきりしていた。
 会長を辞任に追い込む作戦を実行していくというものだった。
 
   了
 




          2006年6月28日
 

 

 

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