小説 川崎サイト

 

魔法使いの弟子

川崎ゆきお



 魔法使いが弟子を募集していた。
 当時、魔法使いは珍しい存在ではなく、よくある職業だった。
 三村はコネを頼り、その魔法使いに会いに行った。いわば面接だ。
 町外れの一軒家に魔法使いは一人で暮らしていた。それほど年寄りではない。
 三村は通された座敷で魔法使いと向かい合った。
「まあ、お茶でも」
「はい、頂戴させて頂きます」三村は、同じ言葉を重ねてしまったような気がした。頂戴と、頂きますだ。これは重ねたことになるのかどうかを考えた。自然に出た流れのような言葉なので、問題はないとは思うものの、気にすると心配になる。しかし、魔法使いの表情に変化はない。気づいていないのだろう。または魔法使いもおかしな言い方だとは思わないで聞き流したかだ。
「今日も暑いですなあ」
「はい」
 三村はまだ心配している。それは表情に出さない術を心得ており、とぼけているだけかもしれないからだ。
「さあ」
「はあ」
 何が「さあ」なのか、三村はぴんとこなかった。
「暑い折、熱い茶はだめですかな」
 お茶のことかと、三村はやっとわかった。
「頂戴させて頂きます」
 また、同じことを言ってしまった。
 魔法使いは茶を勧めているだけで、それ以上の含みはないように思われる。
 三村はお茶を飲んだ。
「さほど暑くはないでしょう。暑いのでぬるい目にしましたのでな」
「はい」
「さっ、茶菓子もどうぞ」
 菓子皿に黒く四角いものが張り付いている。三村は最初何かよくわからなかった。きっとあれだろうと思いながら楊子で突き刺した。皿にガツンと当たった。口に含むと、それが羊羹であることがわかった。
「弟子と言いましても、まあ雑用係のようなものでな。おまえ様がもし魔法使いになりたければ、それなりのことは教えよう。じゃがまずは雑用係でよろしいですかな」
 紙のように薄いと三村は感じた。
「できれば明日からでも来てもらいたい」
 魔法使いの弟子採用は決まったようなものだ。後日結果をお知らせしますではなく、即決だった。
 この瞬間、三村は魔法使いの弟子になれたわけだ。
 後日、三村は弟子にならないことに決めた。
 理由は紙のように薄い羊羹だった。
 
   了


2011年6月30日

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