小説 川崎サイト

 

川崎ゆきお




 怪盗からの予告時間になった。
 探偵は応接間で時計を見ている。同時にテーブルの上の金庫も。
「開けて確かめましょう」
 社長と刑事が頷く。ドアや窓の前には警官がそれそれ立っている。
「なぜ今なのですか?」社長が聞く。
「予告の時間は過ぎました。金庫から宝石を盗み出すと予告状に書かれていたでしょ」探偵が答えた。
「しかし、変化はないはずだ。なぜなら、これだけの人数が見張っているんだから」
「それは分かりません」
 社長は面倒くさそうに金庫を開ける。
 宝石はそのままだ。
「本物かどうか確かめてください」
 社長はルーペを当てる。
「間違いありません」
「これは本物でしょうね」
「はい」
「すると、犯人は失敗したことになる。なぜなら、予告の時間は過ぎたのだから」
 その時、ドアが開き、社員が姿を現す。
「ここへ近寄ってはいけない」探偵が大きな声を出す。
「うちの坂口君だよ。運転手だ」
「間違いありませんか」
「ああ」
「社長、古美術商が注文の品を届けてきましたが」
「何?」
「大きな水瓶を注文されたのでしょ」
「水瓶じゃない。信楽焼だ。応接室に飾ろうと思ってね。すぐに運んできなさい」
 運転手は他の社員二人とともに、大きな信楽の壺を応接室に持ち込んだ。
「高い壺だけあって、重いですなあ」運転手が呟く。
「重い?」探偵が重ねるように呟く。
 巨大な壺には蓋があった。運ぶ時、ガチャガチャ音がしていた。
 大壺を前に、探偵は当然のように疑念を抱いた。そして、それが確信と変わった。それ以外にないからだ。しかし、怪盗の予告時間は過ぎている。
「犯人はこの部屋にいます」探偵は確信を込めて発言する。
 刑事は部下や社員をじろりと見る。最後に社長と探偵も見る。
「安心してください。怪盗は変装などしていません。隠れているだけです。この室内に」
「どういう言うことかね。隠れられるような場所など……と言った瞬間、壺を見た。
 そしれ、全員が大壺の前に集まった。
「蓋を取りますよ」探偵は蓋をゴトンと外した。
「重いです。蓋だけでも」
「私が受け取る。割っちゃ駄目だよ。君」社長は丁寧に受け取り、金庫の横にそっと置いた。
 探偵は壺を蹴飛ばした。
「こら、何をするか」と社長。
「しかし」と、刑事。
「何ですか」探偵は今にも壺の中に手を突っ込もうとしている。
「無理だ」
「何がです警部」
「だって、壺の口が小さすぎる。幼児の頭が入る程度だろ」
 探偵は壺を傾ける。
「あっ」社長は気で気でない。
 さらに探偵は壺を傾け、横にした。
「空のようです」警官が懐中電灯で中を照らしている。
「しかし社長、なぜこのタイミングで壺なんですか」探偵が聞く。
「偶然、今夜届いただけだ」と、答えながら、ふと金庫を見る。
 金庫の蓋は閉まっている。
「誰が閉めたんだ。わしは閉めていないぞ」
 壺が来る前、宝石は金庫から出され、テーブルの上に置かれていた。社長のルーペだけが、そこに残っている。
 社長は金庫を開ける。
「ない」
「全員ここを動くんじゃない」警部が怒鳴る。
「あのう」
 運転手がぼそりと言う。
「何だ」
「宝石、テーブルの下に落ちてますが」
「そうか、落ちているか。既に落ちていたか」
 と、探偵は、ぼそりと呟いた。
 
   了

 


2011年7月11日

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