小説 川崎サイト

 

妄想と閾値

川崎ゆきお




「妄想は現実とは違うということですよね。その人の頭の中だけのバーチャルな現実ですよね」
「よね、よねとは、どういう意か」
「聞いているんです」
「答えは決まっているんじゃないのかね。最初から、これはこうだと確認しているようなものだ」
「すみません。口癖です」
「では、答えよう」
「お願いします。でも、否定してもかまいませんから。期待していません」
「つまり、君が思っていることが現実なんだ」
「それが妄想でも、ですか」
「では、現実と妄想の違いはなんぞや」
「なんぞやといわれても、僕はその件に関して結論を未だ見いだしていません」
「じゃ、漠然とでいいから話しなさい」
「妄想はその人が勝手に思い込んでいる事柄です」
「現実でもそうじゃないか」
「ああ、ですから、程度の問題です。あり得ないことを言い出すと、それは妄想です」
「現実でもあるじゃないか。あり得ないことを言い出す人は」
「いえ、それはあり得ることですよ。妄想は現実には絶対にあり得ないことです。たとえば人が空を飛ぶとか。犬が話し出すとか」
「確かにそれは妄想だ。精神状態がおかしいのだね。思っていてもそれは語らないだろう」
「はい。だから現実から逸脱した世界を妄想だと思うのです」
「逸脱はあり得るだろ。しかし、君のいうところの妄想は、現実には絶対にあり得ないことだ」
「そうです。閾値があるのです」
「敷居かね」
「はい。精神的におかしな人が適当なことをいっているような……それが妄想だと思うのです」
「それは程度の問題ではなく、レベルの問題か」
「そうです。その閾値を超えると狂った人のレベルになるのです」
「では、妄想を語っている人間は、それを妄想だと知って語っていると思うかね」
「狂っているんですから知らないで自然に語っていると思います」
「その閾値だがね、はっきりとしておるのかね」
「はい。選択外だからです」
「選択外?」
「選択の外です。選択できない候補のことです」
「それは誰が決めるのだ」
「一般常識です」
「そして、それがいわゆる現実というものの正体なわけだ」
「だめですか。こういう常識的な話は」
「悪くはないよ」
「でも、それって現実に縛られすぎていると思いませんか」
「閾値を超えると狂った人になるんだろ。そうなると、この現実では誰も相手にしてくれない。従って現実では通用しない人間になる」
「そうです。やはり一般常識内での展開でないとまずいと思います」
「何か、それに類する体験でもしたのかね」
「いえ、一般論として」
「そうか」
「参考になりました。ありがとうございました」
「なに、一般的な話をしただけで、私は退屈だ」
「あ、失礼しました」
 
   了

 


2011年7月18日

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