小説 川崎サイト

 

テリーちゃん

川崎ゆきお


「テリーちゃんは相変わらずかね」
「はい」
 ある有料ボランティア事務所内での会話だ。
「テリーちゃんと呼んでくださいは、いいんだがね。愛称らしんだけど。でもスタッフ登録が必要なんだ。テリーではだめだろ」
「そうですね。フルネームでないと」
「テリーなんて言うの? 彼」
「ちゃんです」
「だから、それは、テリーさんもテリーちゃんも同じで、テリー何とかというのが本名だろう」
「彼は日本人です」
「どうして分かるの。外人かもしれないじゃないか」
「そこまで分かりません」
「もう一度名前を聞いてくださいよ。登録できないから」
 翌日も、事務員が事務長室で、テリーちゃんについての話し合いになった。
「テリーちゃんでいいって言うことです」
「本名明かせないって、ことかね」
「そうではなく、昔からテリーちゃんで通っているので、その名前を変えたくないらしいのです。何でも音楽関係で音響スタッフを長くやっていたとか、そのときもずっとテリーちゃんで、業界ではテリーちゃんで通っているし、結構有名人らしいです。テリーちゃんが音響に加わると安心だとか……そんな評判もあるようです」
「それはいいんだけどね。優秀な人だと思うよ。でも私は彼のことをテリーちゃんとは呼べない。君はどう?」
「僕もテリーちゃんって呼んでません。呼べませんよ。年上だし。でも本人はそんなことは関係なく、気楽に呼んでくれって」
「じゃ、君は呼ぶときどうするの」
「目や手で合図すれば、大丈夫です」
「不便じゃないかね」
「はい」
「でも、どうしても名前を呼ばなくてはいけないときがあるだろ。そんなときはどうするね」
「テリーさんと呼んでます」
「ああなるほど」
「そうすると、決まって彼はテリーちゃんって呼んでくれって突っ込んできます」
「では、テリーと、ちゃんは一体なのかね」
「そんなわけはないのでしょうが、彼の中では一体なのです。きっと」
「困ったねえ。スタッフ名簿を提出しないといけないんだ。まあ、いないことにも出来るから、いいんだけどね」
「名もなき助っ人って感じです」
「助っ人かね。でも、彼にもバイト料払っているんだからね」
 事務長は領収証を見せる。
「住所なし、電話もなし。名前はテリーちゃん。これじゃねえ」
「出さなければいいんじゃないですか」
「いや、人件費を払っていることを報告しないといけないからね」
「分かりました。本名、もう一度聞いてみます」
「何でもいいんだよ。日本人のフルネームならね。バイトなんだから、一日バイトもいるんだから。適当でいいんだから」
 しかし、テリーちゃんは名前を明かすことはなく、それが原因なのか、姿を消した。
「そんなにこだわるべき名前なのかねえ」
 事務長はぼつりと呟いた。
 
   了


2011年7月31日

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