小説 川崎サイト

 

三つの偶然

川崎ゆきお


 上田はショックを受けた。
 喫茶店内で休憩しているときだ。ふと入ってきた客の服装を見たためだ。上田より二回りほど上の老人だ。
 まず靴を見て、もしやと思った。
 自分の靴に似ているのだ。地味なカジュアルシューズで、色目が同じだった。どこかで見たような靴だと最初は思った。
 上田の履いている靴はスーパーの特価台で積まれていたオール千円の靴だった。靴屋の靴ではない。製造元直売のようだ。
 上田は安いので、それを買っている。そして、今も履いている。接着剤で止めているだけなので、ぺろんとつま先が口を開けそうな感じだが、今のところ問題はない。それほどハードに履いていたないからだ。
 その老人の靴をしばらく見ていると、つま先や側面のデザインが似ている。縫い目のラインが同じなのだ。さらに靴底横の小窓のようなものもそっくりだ。
 上田は、自分の履いている靴の本物を老人が履いているのだろうと思いたかった。靴屋で、似たようなものを見たことがある。わずかだがデザインが違っている。その本物の革靴を似せた作りの人工革靴が千円で売っていたのだ。
 靴を見たついでにズボンも見た。ここでもショックを受けた。これも上田が履いている千円のジーンズ風ゴムヒモズボンとそっくりなのだ。ここまでそろうと、もう上を見るのが怖くなる。
 だが、そこまでそっくりの特価品を偶然身につけている人と出会うことは、偶然を通り越している。
 さて、その上着だが、上田は持っていないが、やはり衣料品スーパーで一番安いタイプであることはほぼ確定している。買ってはいないが、上田は知っているのだ。買おうとしていたことも事実だが、似たようなものを持っているので、買わなかっただけだ。
 これで、靴とズボン、この二点だけの偶然なら、あっても確率的にはおかしくない。つまり、この老人と上田の買い物コースが似ているためなのだ。
 それよりも、上田は老人と同じセンスで、同じものを身につけていることにショックを受けたのだ。これは逆に考えると、老人が年より若っぽいものを身につけていると考えられなくはない。
 だが、老人衣料品コーナーなどない。
 上田は出来るだけヤングカジュアルの店で買おうとしているのだが、値段的にはスーパーの特価台へ行ってしまう。
 この老人はヤングカジュアルへは行かないで、きっとダイレクトにスーパー特価台へ行くのだろう。
 老人は席に着き、ポケットからたばこを取り出した。
 上田はまたショックを受けた。自分と同じ銘柄なのだ。そのたばこはかなり安い。だから、人気があり、品薄になることがある。
 これで三つの偶然がそろった。
 上田はもう老人と同じカテゴリー内にいることを実感した。
 
   了


2011年8月2日

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