小説 川崎サイト

 

一生懸命

川崎ゆきお


「ちょいと一息入れませんか」
 福田は先輩バイトの祖父江から言われる。
「なにね、一生懸命に働いても、所詮はバイトだ。これだけで食えてるわけじゃない。正社員の三分の一だ。しかも初任給のね」
「でも、これ、やっておかないと」
「レベル落として働くのがこつなんだ。それがみんなのためだ」
「でも、責任感が」
「バイトなんだから、いいんだよ。責任なんてないよ」
 福田は手を止める。
「そうそう、頑張りすぎる奴がいるとね。みんなもそのレベルに合わせないといけなくなるんだ。君は成績優秀でほめられるけどね。時間給は上がらないよ。出世もしない。バイトなんだから」
「でもなんだから、サボっているようで」
「バイトなんてね。サボってるからやってるんでしょ」
「え、どういうことですか」
「君のメインはなんだい。それをサボって、バイトやってるんじゃないのか」
「そういう意味ですか。本業のことですね。それはまあ夢みたいなもので、今は勉強中です。その間、食えないのでここに来ているんです」
「学生だったかね」
「いえ、もうかなり前に卒業しました。今は通信制の講座を受けています」
「あ、そう。将来があるんだ」
「物事はきっちりやるタイプでして。だから、バイトもきっちりつとめています」
「なるほど、それはいい心がけだ。だがね。ここじゃあまり張り切らないでくれよな」
「はい、理解しました」
「一所懸命ってのは、一カ所で懸命になって働くってことかな。鎌倉武士の話だったように記憶している。自分の土地にしがみついてね。それが財産だ」
「ああ、語源の話ですね」
「バイトは一生耕すような土地じゃない。守らないといけない土地じゃない。人様の土地だ」
「じゃ、僕らは傭兵のようなものですか」
「傭兵?」
「雇われ兵です」
「そうそう、出稼ぎの足軽のようなものさ」
「でも足軽から出世した人もいるんでしょ」
「確率は非常に低い。だから、普遍性はない」
「ああ、なるほど」
「おっと、そろそろ担当がくる頃だ。仕事している振りしないとまずい」
「はい」
 
   了


2011年8月4日

小説 川崎サイト