小説 川崎サイト

 

名探偵

川崎ゆきお



 駅の裏側に出ると、多少賑わいが減り、町はリアルな素の姿に近くなっている。表側が飾り立てすぎているためだ。
 吉岡は名刺と地図を見ながらその場所は探した。町名や番地から、リアルな場所が分かる。電話もネットもなく、名刺には住所しか書かれていない。しかもその名刺、手書きだ。書いたのはおそらくこのオフィスの持ち主だ。そこは探偵事務所なのだ。
 吉岡はある信用調査のため、マークして欲しい人物がいた。マークとはその人をストーカーすることだ。つまり、尾行だ。こういうことを頼めるのは、探偵しかいない。友人知人に問い合わせ、やっと見つけたのが、その探偵事務所だ。豊島という先輩が名刺を持っていた。
 豊島は、その知人が捨てようとしていた名刺を、珍しいので鞄の中に突っ込んでいたのだ。
 その知人が名刺を持っていたのだが、探偵と面識があったわけではない。面識とは、ある程度の知り合いだ。そうではなく、ある男がビラのように名刺を配っていたのだ。ティッシュ配りのように。
 その名刺をいま吉岡が持っている。そして、事務所を探しているところだ。難しい話ではない。住所が書かれているのだからすぐに見つかるだろう。
 駅裏から伸びる細い路地をかなり歩くと、雑居ビルや工場の塀などが見えてきた。
 探偵事務所は雑居ビルの一室だろうと目星を付け、それらしいビルに目をやる。番地的にはもうここなのだ。
 番地の一番下の場所まで来た。目の前のビルの玄関に町名が表示されている。ここなのだ。ビルの入り口には郵便受けが無数に並んでいる。これで、部屋が分かるはずだ。
 しかし、探偵事務所の名はない。
 違う建物かもしれないと思い、番地の下の桁に該当する場所をくまなく調べた。
 だが、見つからない。
 ビルではないが、電車の高架があり、その高架下に建物がある。番地的には該当するのだが、倉庫が並んでいるだけだ。そして、そこは一度探した。
「まてよ」と吉岡は高架をくぐるととネルを見た。それは通路だ。道なのだ。しかし、路面に塊がある。最初ゴミ置き場かと思った。
 近づいてみると、ゴミも捨てられているが、構造物もあった。それは段ボールなのだ。たたまれて出されたものではなく、段ボールは立方体の形で置かれているのだ。
 吉岡は段ボール箱に近づき、いったん通過して別の角度から見た。もうそのときは段ボールではなく、中の人を見ていたのだが。
 ひげだらけのホームレスが寝転がっていた。
「これが探偵か」
 吉岡は、信用ならんと思い、男に気づかれないよう、すぐに立ち去った。
 この探偵、花田虎次郎という名探偵なのだが、吉岡の知るところではなかった。
 
   了


2011年8月10日

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