小説 川崎サイト



階段

川崎ゆきお



「これも聞いた話だがな。神社そのものが妖怪変化じゃった」
 老人が語り出した。
「高昌神社はよくある氏神様じゃ。山の根にチョンと座っとるように建っておる」
「それが妖怪なんですね」
「そうじゃない。神社は神社だよ」
「では、どうして神社が……」
「早い話、神も仏も妖怪も同じ連中なんだな」
「はあ」
 青年は納得出来ないようだ。
「で、その男は神社近くに引っ越してきた。糖尿病が心配でな、毎朝歩いておった。高昌神社はそのコースに入っておったらしい。市街地よりは歩きやすく、緑も多いからのう。村がいつの間にか市街地になり、氏神様の役目も終えていたんじゃろうか。あまり手入れもされておらなんだ」
「神主は?」
「そんな大きな神社ではないらしく、氏子が少数残っている程度でな。その氏子も、代変わりするにつれ、名ばかりの氏子になれ果てておったようじゃ」
「それで妖怪に?」
 老人は即答しない。
「いつものように、その糖尿男は神社の階段を上がっておったとき、その階段が上がれんようになった」
「体調が悪くなったんでしょうか?」
「階段がなくなり、ただの坂道になったという」
「出ましたねえ」
「ちょっとやそっとの坂じゃない。急勾配じゃ。崖と言ってもよかろう。両手をつかんと落っこちそうなほど……」
「やってますねえ」
「下を見ると、さっきまでの階段もない。下の道は朝の散歩者が普通に歩いておる」
「怪異ですね」
「男は上りきることもならんし、下りることもならん。じっとしておると、ますます崖が高くなり、下を行く散歩者も小さくなっていきよる。上を見ると第二の鳥居は遥か彼方じゃ」
「階段の怪談ですねえ」
 老人は無視する。
「その男、力尽きて滑り落ちた」
「それがオチですか?」
「階段の二段目で足を滑らせたようじゃ」
「二段目ですか。まだまだ序の口ですねえ」
「まあな」
 
   了
 
 




          2006年7月1日
 

 

 

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