小説 川崎サイト

 

聖戦士

川崎ゆきお



 苦痛の村がある。聖戦士にとっての話だ。実際には快楽の村なのだが。
 その村を通過しないと先へ進めない。村が魔獣に占領され、モンスターが徘徊しているわけではない。そうだったとしてもこの地方を旅する聖戦士にとり、強敵ではない。
 村の入り口で魔術師が笑っている。
 黒々とした顎髭で、黒山羊と呼ばれている中級魔法使いだ。
「なぜ笑っている」聖戦士が聞く。
「村に入るとやばいぞ」
「それで君は入り口でとどまっているのか。そうか、一人じゃ怖いので、仲間を募ろうとしているのか」
「この村には魔獣はいない。だから、怖くはない」
「じゃ、なぜ笑っておる」
「あんたが聖戦士だから」
「ほー」
「聖戦士はこの村でとどまることが多い。あんたもそうなるのかな……と思うと、笑ってしまう」
「魔獣がいなければ、楽だ。しかし、この村で長くとどまるつもりはない。一泊できればいい」
 聖戦士は宿屋に入った。
 夜半、臥所で教典を読んでいると、ドアが開き、娘が夜食を持って現れた。
「こんなサービスは頼んだ覚えはないが」
「夜遅くまでお勉強されているようなので、父がお運びするようにと」
 娘はお盆を床板の上に置く。そのとき、胸元が見えた。見えるようにはだけた上着を着ているのだ。
「何かお手伝いしましょうか」
 夜食を食べるだけなので、手伝ってもらうようなことはない。
「ありがとう」
 娘は出て行った。
 桃の匂いがした。娘は香り袋を持っていたようだ。
 次の日、聖戦士は旅立たなかった。
 二泊目の夜。別の娘が夜食を運んできた。裾の短い衣服のためか、太ももが丸見えだった。
「ありがとう」
「何かお手伝いしましょうか」
「あなたも宿屋の娘かな」
「はい」
 三泊目も、また別の娘が現れた。
 聖戦士は長くこの村に滞在した。
 ある日、魔法使いの黒山羊と出会った。
「どうだ」
「何が」
「聖戦士にとって、ここは毒だろう」
「何のことを言っている」
「あの連中魔獣じゃないが、魔王の娘たちだ」
「ん」
「この村の向こう側の山野には、魔王の手下が多くいる。聖戦士は苦手なので、来て欲しくないんだよ。あんた足止めを食らっているんだ」
「そんなことはない」
「魔王の娘たちは、みんな綺麗だろ」
「宿屋の娘だ」
「まあいい。トラップだってことを教えてやっただけだ。聖戦士は禁欲しすぎてる。だから、かかりやすい。それだけだ」
「心配無用」
 しかし、聖戦士はかなり長く滞在したようだ。
 
   了

 


2011年8月12日

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