小説 川崎サイト

 

上村下村

川崎ゆきお



 下山は下町に住んでいる。山と言うほどではない丘があり、その斜面は高級住宅地となっている。そこには下山が住むようなアパートはない。ワンルームマンションもなく、邸宅が建ち並んでいる。家と家との間隔が広い。窓を開けると手の届く距離で隣の家があるアパートとは違う。
 下山は、下町に住んでいるので、下山という名前なのではない。上山に対する下山で、先祖が平野部に近い村落に住んでいたためだ。下山と上山は同じ村で、共同体だ。下山は平野部に近いため、逆に危険で、上山のほうが安全なのだ。貧富の差があるとすれば、上山が上だ。下山の本家は実は上山にある。
 下山は貧乏なので、下町に住んでいるのだが、下山出身者がすべて貧乏なわけではない。むしろ下山地方は平野部に近いため、地価は上山より高い。
 下町に住む下山は、高台の家を見るたびに、故郷の上村下村を思い出す。上村は縄文時代であり、下村は弥生時代と、自分では思っている。
 邸宅の建つ高台の向こう側はまた平野が続いている。丘のため、島のように孤立しているのだ。
 上村の上は山また山だった。次の盆地に出るまで人里はなかった。だから、故郷の上村と今見ている高台とは違うのだ。
 この一帯は田畑や果樹園が広がる丘陵地帯だった。いつの間にか宅地となり、金持ちほど丘の近くに家を建てるようになった。
 下村は滅多に丘へは行かない。徒歩ならいいが、自転車移動では坂が辛いためだ。
 しかし、用事が一つだけある。友人が住んでいることだ。
 その友人も下村と同じようにもう年寄りだ。しかし、現役でばりばり働いている。豪邸を事務所にし、社員も雇っている。
 たまに遊びに行くと、友人は快く迎えてくれる。忙しいことを自慢げに語るのではなく、本当に身体がえらいようだ。
 下村はもうとっくに引退している。そのため、気楽な日々だ。
 友人は仕事のことで頭がいっぱいのようで、納期に間に合うかどうか、社員とのチームワークが上手く出来ていないとか、悩みはそこに集中している。
 下村の悩みは生活費が足りなくなることで、それは思わぬ出費があった月、結構苦しいからだ。
 借金を頼むようなことはないが、この友は生活苦はないのだろうかと考えたりする。仕事も生活の一部だが、経済的に困っているわけではないので、その心配はなさそうだ。
 と、思っていたのだが、数ヶ月後、友人が消えてしまった。事務所兼邸宅は空き家になっていた。
 事業が行き詰まったらしい。
 それは下村にとり、既に経験済みのため、先輩面ができそうだ。

   了

 


2011年8月14日

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