小説 川崎サイト

 

蚊避け

川崎ゆきお



 上田は蚊取り線香をつけた。古い木造のアパートだ。もうこういう建物は建たないだろう。立て直すとすればワンルームマンションになるはずで、いわば貴重品だ。しかし、歴史的景観として保存されることはない。それは新しく建ったマンションが保存されないように。
 上田が好んだのは和風の家だった。アパートなので和室と言うべきだろうか。六畳と四畳半の二室ある。
 網戸を閉めているはずなのに、蚊が入ってくる。蚊が飛んでいることは気にしない。ただ刺されると痛いし痒い。しばらくすれば治まるのだが、我慢できないのでかいてしまう。足や手など露出しているところに赤い斑点が無数残っている。それを見ると、刺されないようにする方法が必要だと思いつき、蚊取り線香を買ってきた。
 いつも過ごしている六畳の間はアルミサッシの網戸だが、隙間がある。また、便所の窓を開けているのだが、そこには網戸がない。また換気扇の裏も外と繋がっている。
 蚊が入らない機密性の高い部屋ではない。冬などどこからともなく隙間風がくる。それで寒い。アルミサッシは枠には隙間はないのだが、ガラス戸とどうしが重なるわずかな箇所に隙間が生じる。鍵をかければ、押さえ込めるのだが、夏場は無理だ。窓を開けるのは暑いからだ。エアコンはあるが使いたくない。一度使うと癖になり、切ると暑くてたまらなくなるためだ。それに寝ているときエアコンからの風で喉を痛めたことがある。
 暑くても問題はないが、蚊が問題だ。しかし、別に蚊に刺されて死ぬわけではない。痒いだけだ。しかし刺されないことにこしたことはない。そしてその方法として蚊取り線香という存在がある。
 蚊取り線香は、煙でいぶすわけではなさそうだ。その煙は合図のようなもので、のろしのようなものだろうか。蚊がいやがる成分は目に見えないようだ。
 蚊取り線香の効果で、蚊がいやがって入ってこなくなった。部屋中蚊がいやがる成分が充満しているためだろう。
 その成分のためか、または煙のためか、上田は最近頭が痛い。そしてふらっとする。
 それで、蚊取り線香をやめると、蚊に刺された。
 どちらを我慢するかだ。
 部屋に蚊がいてもいい。ただ、刺されなければいいのだ。
 そこで、ハエ取り紙を買ってきた。これは偶然蚊がそこにきたときでしか、捕まえられない。いわば蜘蛛の巣のようなものだ。
 その紙を、いつも上田がいるテーブル近くに貼り付けた。それも何枚も何枚も。足下がよく刺されるので、テーブルの下にハエ取り紙を垂らした。
 十枚以上張っただろうか。
 まるで魔除けのお札のように。

   了


2011年8月15日

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