小説 川崎サイト

 

ある頑張り

川崎ゆきお



 あれほど暑かった夏の日が、ある日急に涼しくなった。
 暑くて頭がぼんやりし、脳が働かなかったため、思考停止状態だった。実はこれはいいわけで、暑さをよいことに、佐田は怠けていたのだ。部屋にはエアコンがあり、快適な環境にあった。あってもそれを使わないのは、けちっていたからではなく、暑さをいいわけに出来なくなるためだ。
 しかし、秋はある日突然くる。徐々にではなく、いきなりだ。目覚めたとき、秋が始まっている。
「まずい」
 もう暑くはないのだ。頼りにしていた残暑も終わっている。それがまた復活するかもしれないが、もう猛暑の勢いはないだろう。
 もうどうしようもない状態に佐田はいる。
「そろそろ始めるべきだろう」
 春先からやり残している宿題に手を付けないといけない。そこから目を逸らせたいのだが、冬まで待てない。遅すぎるのだ。宿題は夏に終わる予定だった。その半分も出来ていない。期限はとうに過ぎており、締め切り日からスタートするようなものだ。これは気ぜわしいだろう。
 蟻とキリギリスの話がある。佐田は完全にキリギリスだ。しかし遊んでいたわけではない。一日中演奏を楽しんでいたわけではない。部屋の中でごろごろしていただけで、楽しい遊びもしていない。だからほんの少しだが罪悪感から逃れられた。
 遊びほうけて宿題をしていなかったのではない。遊んでいないのだ。
 しかし、それは自分自身に対しては説得できるが、他人には無理だ。何もしていなかった事実だけが残る。
 暑くて体調を崩していたとする手もあるが、それは病気持ちの人間としてみられてしまうため、いいわけには使いたくない。
 佐田は、その日から宿題に取りかかった。
 すると、怠け者が頑張り屋になった。睡眠時間を惜しんでまで、宿題に励んだ。
 そんなとき、友人が訪ねてきた。
「すごく頑張ってるじゃないか。努力家だねえ。邪魔なので、帰ったほうがいいかなあ」
 友人が来ているのに、佐田は机に向かっている。
 そして、夏の気配が完全になくなり、木々が紅葉する頃に宿題を果たした。
 頑張ったのだが、やはり期限に間に合わず、無駄な努力に終わった。
 最後の頑張りが報われなかったのだ。それもそのはず、スタートが遅すぎたからだ。
 佐田は思った。無駄な頑張りなら出来ると。
 
   了


2011年8月18日

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