小説 川崎サイト

 

牛丼屋前

川崎ゆきお



「山田じゃないか」
 牛丼屋から出てきた倉橋老人が友人の山田の姿を見て、声をかけた。二人は同い年で同級生だった。
「牛丼かい」
「あんたはどうする」
「今考えている最中だ」
 二人とも一人暮らしで、外食が多い。
「牛丼にしなよ。今ならバーゲンで安いぜ」
「牛丼にバーゲンがあるのかい」
「知らないけど、いつもより安いんだ。だからバーゲンセールだろ」
「肉は嫌いじゃないけどね。カウンター席だろ。そこの牛丼屋」
「テーブル席もあるよ」
「空いてたかい」
「いや、いっぱいだった」
「カウンター席は嫌なんだ。落っこちそうでね。力みながら食べたって上手くないや」
「最近自炊は?」
「サンマ缶、サバ缶、いわし缶、もう飽きた」
「それって、自炊って言うより、インスタントで済ませるってことだろ」
「缶詰はインスタント商品じゃないよ。生だよ。インスタント食品とはラーメンのことだ。湯を注げば食べられるのがインスタントなんだ」
「いつの時代の定義なんだい」
「君は牛丼を食べたんだから、解決したんだ」
「何の解決だ」
「今夜の食事だよ」
「あんた金ないの」
「あるよ」
「あるんなら、解決だろ。何でも食べられるじゃないか。腹具合でも悪いの? 医者から止められている食べ物でもあるの。牛丼は駄目って」
「そんなことはない」
 山田は何を食べようかと迷っているようだ。
「一番いいのは軽くうどんを食べることなんだけど、高いんだよ。最近のうどん。牛丼より高いうどんって昔はなかったよ」
「うどんが食べたいのなら、うどんを食べりゃいいじゃないか。金もあるんだろ」
「金の問題じゃないんだ。割高なものを承知で食べる気になれん」
「じゃ、何にするの」
「だから、考えてるところなんだ」
「弁当屋はどうだい」
「待つのが嫌なんだ」
「じゃ、コンビニ弁当」
「冷たいし、それに封を外すのが面倒なんだよ。あれ、剥がれないよ」
「剥がれるよ」
「変に力がいるし。入れすぎるとぱーんと開いて、中身が飛び出したりとかね。それに中に入ってる醤油の袋。あれ切れないよ。引っ張っても、爪も痛いしねえ」
「だから、牛丼屋でいいんだよ。すぐに出てきて、すぐに食べられるよ」
「だから、カウンター席が嫌なんだ」
「本当に座れないほど、あんたバランスが悪いの」
「座れるよ。だけで、ニワトリさんのように餌ほじってる感じが嫌なんだなあ」
「じゃ、ふつうの食堂へいけばいいじゃないか」
「だから、割高だっていってるだろ。月に一度ならいいけど、連日じゃ、赤字になってしまう。一般食堂はね。晴れの場なんだよ。特別な日なんだよ」
 倉橋は牛丼屋を覗く。
「テーブル席空いてるぜ」
「おおそうか」
 山田は牛丼屋のドアに手を当てた。
 どうやら解決したようだ。
 
   了
   
    


2011年9月5日

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