小説 川崎サイト

 

島田の紐

川崎ゆきお



 島田は日頃からワープポイントを探していた。
 ワープポータル、つまりワープするための発着場のようなものだ。そんな港が日常の中にあるわけがない。そのため、これは島田にとり、極秘事項であり、従って誰にも話したことはない。秘密と言うより恥部だろう。あまりにも恥ずかしい話であり、あり得ない話であり、稚拙な話のためだ。
 しかし、人に語らなければ、何を思おうと自由だ。この自由さは、単なる性癖に還元できるかもしれない。なぜなら、自由とは選択肢に対しての話だ。性癖の場合、選択はない。本能のようにそれをやってしまうのだ。だから癖なのだ。
 非実用なものを毎日探しているというのは、考えにくい。探すにしても、余裕があるとき、またはその気になったときだろう。四六時中それを探しているとすれば、それは病気だ。島田はそこまで至っていない。あるタイミングで探すタイプだ。
 そして、そのタイミングが来た。
 島田は、夜中に起きた。
 真っ暗だ。小さなLEDランプが部屋の家電から発せられているが、星のように光っているだけで、照明にはならない。飛行機で上空から見たような感じで、何となくその光で、位置関係が分かる程度だ。
 何時かを知りたかった。真っ暗なので、夜であり、朝ではないことは分かる。眠ったのは一時頃だ。いつも起きるのは六時だ。やや睡眠時間が足りない。だから、明るくなるまで、あとどれぐらい寝ていられるのかを知りたかった。ここではまだワープポイントのことは頭の中にはない。そのタイミングではないためだ。
 古い柱時計がある。暗闇でも時間が分かるように夜光塗料が塗られているわけではない。それが役立つのはそこそこ光源があるときだ。LEDは床近くにあり、柱時計は桟の高さだ。二メートルほどの位置だろうか。それでも時間が分かるのは、ボーンボーンと時間を知らせてくれるからだ。それが鳴り出すまで待てば、時間は分かる。しかし、さっき鳴ったあとだと、一時間ほど待たなければいけない。
 島田は天井の蛍光灯を付けようとした。これを避けたかったのは眩しいため、目が覚めてしまうからだ。夜中トイレへ行くには、LEDの光で方角が分かるので、ドアまで行ける。
 しかし、眠さがあり、自信があった。少々眩しくても、その後眠れる自信だ。
 島田は蛍光灯の真下まで行き、ヒモを探った。だいたい位置は分かる。紐は長い目のを付けているため、立たなくても届く。
 そして、紐を引いた。
「これか」
 引いた瞬間ワープポイントが浮上した。頭の中で。
 目の前が真っ白になり、その後、昼間より明るい室内が見渡せた。だが、それらは見ないで、柱時計の針を見た。二時過ぎだった。一時に眠ったので、それほどたっていない。
「やったー」
 島田は内心喜んだ。まだ十分眠れるのだ。これが五時四十五分ならあと十五分しか眠れない。
 島田はすぐに紐を引き、蛍光灯を消した。いくらすぐに眠れる自信があるとはいえ、長く明るい光に晒されると危険なので。島田は吸血鬼ではない。眠れなくなる害が、明るさにあるからだ。
 そして、すぐに横になり、寝る体勢に入った。
「ワープポイント」
 それが頭をよぎった。ワープポイントはポータルではなく、スイッチではないかと。
 蛍光灯を付けたとき、室内が、別の場所になっていたわけではない。LEDランプが、島田の部屋であることを知らせているのだから、それより明るい蛍光灯を付けても、事情は同じだ。ただ明るさが上がるだけだ。
 島田が気付いたワープポイントとは、蛍光灯から垂れている紐だ。この紐はジャージを買ったとき、ズボン側についていた結び紐だ。必要がないので抜いた。それを蛍光灯の紐の下に足していたのだ。その紐が問題なのではない。寝間着の紐が問題なのではない。
「別の紐がぶら下がっていたら……」
 暗いので、紐は見えなかった。だから、手で適当に探った。空を探った。そこに当たるのは蛍光灯の紐だけのはずだ。それ以外の紐はぶら下げていないからだ。
 しかし、ワープポイント、ワープスイッチとは、こういうところに仕込まれているのかもしれない。
 ワープスイッチは、ボタンではなく、紐も含まれる。
 と、島田は新しい発見を味わいながら、寝入った。
 
   了
 
   
   
    


2011年9月17日

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