小説 川崎サイト

 

ガラス戸の人

川崎ゆきお



 坂田は妙な夢を見た。庭に面したガラス戸に人がいるのだ。
 ガラス戸は磨りガラスなのでシルエットだけが見えた。
 じめっとした北向きのマンションの一階で、小さいながらも庭がある。その分家賃は高い。だが、坂田は庭いじりが好きなので、駐車場はあきらめ、庭を選んだ。車も売ってしまった。もう年なので、運転する自信がなくなっていた。
 北向きなので、日当たりが悪い。夏のことを思うと、南向きは暑い。
 しかし、真冬など、南向きの部屋にしておいたほうが良かったのではないかと思うこともあったが、二年ほど暮らしていると、もう気にするほどのことではなくなっていた。慣れたのだろう。
 さて、ガラス戸の人だが、これは見た夢だ。そのため、何でもありの世界だ。
 人のシルエットは非常に小さいもので、はじめそれを蜘蛛かヤモリではないかと思った。
 人にしては小さすぎる。男女の区別は分からないが、裸のようだ。
 これは妖精かもしれない。
 そして、ほとんど動かない。ずっとへばりついている。陰気なやつだ。だから、妖精ではなく、人の全身に見える虫かもしれないと思った。
 だが、坂田にはそんな虫は思いつかない。
 では人間の小さいものだと仮定したとしても、どうしてへばり付けるのだろう。
「ああ、そうか」
 坂田は正体が分かった。それは昨夜見たテレビだった。そこで岩登りをやっていたのだ。垂直に近い壁を登っていた。その記憶がそのままガラス戸クライミング人間に繋がったのだ。
 夢の話なので、人型の虫を探しても仕方がない。どうしてそんな夢を見たのかが大事だ。それが原因なのだから。
 坂田は妖精の夢を見ると良いことがある。というふうに持っていきたかった。いい夢を見たのだと解釈したかった。
 しかし、テレビでの岩登りシーンが、非常に苦しそうだったことを思うと、いい夢ではない。
 垂直の岩を登っていたのは老人だった。その老人が、昨夜夢の中でガラス戸を登っていたことになるのだが、シルエットだけなので、当てはめるわけにはいかない。
 当たっているとすれば、岩場を登っていく老人が虫のように見えたことだ。
 その後、ガラス戸を見るたびに、虫のような人間がへばりついていないかどうかを気にするようになった。
 当然、そんなことはあり得ないし、あれば、大変な騒ぎになるだろう。
 
   了
 


    


2011年9月27日

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