小説 川崎サイト

 

自転車ランプ

川崎ゆきお


 これは不思議な話ではないが、気味の悪い話だ。いや、そう考えるとそう感じるだけで、日常よくあることかもしれない。
 高橋は自転車で毎晩飲み屋へ通っていた。ここに薄気味悪さはない。ただ罪悪感はある。いわゆる晩酌で、晩ご飯を兼ねている。罪悪感とは、高くつくことだ。コンビニで弁当を買うとか、普通の食堂で普通に定食を食べたほうが安くつく。つまり、通常の晩ご飯代の倍かかる。そのため、月末を待たないで食費がなくなる。そのたびに、何らかの借金をしている。だから罪悪感があるのだ。
 高橋はアパートから飲み屋のある繁華街まで裏道を通る。そのほうが車との接触が少ないため、酔って戻るときも安全なためだ。
 その往き道での出来事だ。
 高橋はオートライトの自転車に乗っている。路地裏を走るため、無灯では危険なためだ。このあたりは真面目なのだが、角で自転車や歩行者とよくぶつかりかかった。ライトを付けていると、それが信号になり、相手も気付いてブレーキをかけてくれたり、歩行者も避けてくれたりする。
 飲んで帰りしな接触事故など起こせばたまったものではない。罪悪感どころか、罪を犯すことになる。
 その道中は路地をジグザグに曲がりながらの特殊なルートになる。これは高橋だけが知っている繁華街への道だ。本人は晩酌街道と名付けている。
 その街道での出来事だ。
 高橋は酔っていなくてもゆるりとしたスピードで自転車をこぐ。急ぐことはないし、息を弾ませながら飲み屋に入るのは避けたいところだと考えている。駆けつけ一杯が苦手なのだ。酔いすぎるためだ。
 まずはやや広い目の道路を直進する。しばらくはこの道を走る。枝道がないためだ。
 後ろから自転車が来ているのは分かっていた。LEDの青白いライトが高橋の前輪付近の地面をなめている。たまにゆらりと振られて離れる。後方自転車のハンドルが不安定なのだ。いつもなら、さっと抜かれるはずだ。
 しかし、いつものように抜いてくれない。高橋以上にゆっくりペダルを踏む人間かもしれない。または、急いでいないのだろうか。
 高橋は少しスピードを上げる。すると、後方も追従する。相変わらず青白い光が路面をなでている。
 やがて、いつもの枝道が来たので、さっと回る。すると、光もついてくる。
 ここまではよい。だが、次の角でも、同じようについてくる。そのとき一瞬青白い光は消えるのだが、すぐに後方もハンドルを切るのか、光が戻る。
 自転車ランプの角度にもよるが、ほとんど真後ろにいるようだ。高橋は路面がよく見えるように、かなり下に傾けている。上げすぎると、もう路面から光の密度が消えるため、よく見えないためだ。
 曲がると後方の光もついてくる。これを四回ほど繰り返したとき、さすがに高橋は薄気味悪くなった。繁華街に出る近道ではなく、車が来ない道を選ぶため、結構遠回りになるルートなのだ。後方自転車が繁華街に出るのなら、もっと近いルートがあるはずだ。
 繁華街の大通りまで、あと二回曲がる。
 かなり古くなってしなった住宅街を抜けると、駅前周辺に出るので、薄気味悪さも、そこまでだろう。
 そして最後の角を曲がったとき、LEDランプの光は消えた。路面が街灯で明るいため、目立たなくなったのかもしれない。
 高橋は、明るい大通りに出たあと、すぐに振り向いた。
 後方自転車の姿はない。
 全くもって薄気味悪い話だ。
 
   了


2011年10月12日

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