除霊師
川崎ゆきお
岸本は仏壇のある和室に除霊師を案内した。五人家族が住めるほど広いマンションだが、和室は一つしかない。
この家族で死者が出たのは、岸本の祖父で、もう二十年ほどになる。仏壇には先祖代々を祭っている。といっても明治時代までは遡らない。
岸本が知っているのは祖父の両親、つまり、曾お爺ちゃんと曾お婆ちゃんまでだ。
「何かわかりますか」
除霊師はじっと仏壇を覗いている。
「最近ですか」
「はい、最近幽霊が出ると娘が」
「いや、この仏壇を買ったのは最近ですか?」
「本家を取り壊して、ここへ引っ越したとき、買い換えました」
「岡谷の仏壇ですな。ブランド品ですよ」
「仏壇をいじったから幽霊が出るのでしょうか」
「前の仏壇は魂抜きをし、ここの仏壇に魂入れしましたでしょ。岡谷の仏壇なら、そのサービスやっていると思います」
「仏壇は特価で、その魂抜きとか、入れとかは、近所のお寺さんに頼みました」
「じゃ、仏壇は問題はないでしょう」
「そうなんですが」
「何か?」
「幽霊が出るのは仏壇の中だし」
「中」
「はい」
「見ましたか?」
「娘が」
「なるほど」
「心当たりもあります」
「はい、聞きましょう」
「最近、殆ど拝んだりしていないのです。水とか花を供えたりもしていません。引っ越したあとは、たまに水を供えたのですが、最近は忙しくて、忘れがちです。いや、もう殆ど忘れているといってもよいと思います」
「心当たりはそれだけですか」
「はい」
「じゃ、幽霊はご先祖様なんですか」
「そうかもしれません。娘の話によると、真っ白な着物を着たお婆さんさが仏壇の中にいたとか」
「寸法は?」
「寸法」
「幽霊の大きさです。仏壇には入らないでしょ」
「そこまでは聞いていません」
「人形のように小さな幽霊ですねえ。他に変わったことは」
「最近体調が優れません」
「病院に行きましたか」
「そこまでひどくないので、行ってません」
「他は」
「息子が悪事に走っているようです。悪い友達とつきあっているようです」
「なるほど」
「除霊してもらえませんか」
「しかし、悪霊ではなく、白い着物のお婆さんはご先祖さんでしょ」
「それはわかりません。先祖ではないかもしれません」
「はい」
「霊視してください。そして除霊して下さい」
除霊師はしばらく仏壇の前で目を閉じ、じっとしている。
「どうです」
「いません」
「霊がいない」
「そのお婆さんの幽霊らしきものはいません。従って除霊する必要はなし」
「しかし娘が……」
「娘さんと、もう少しよく会話すればどうですか」
「息子が……」
「息子さんには、そんな時期があるものです」
「僕の体調は」
「霊とは関係ありません。あなたには何も憑いていませんよ」
「じゃ、仏壇の中に何か邪悪なものがいるのではないのか。それを取り払っていただきたい」
「そういうものはいません」
「じゃ、お婆さんの幽霊は何なのだ」
「娘さんは確かに見たと言ったのでしょうか」
「娘が嘘をついたとでも」
「もし、見られたのなら、もっと大騒ぎするはずですが。そのあたり、どうですか?」
「白い着物を着たお婆さんがいると言った」
「どんな言い方です」
「そのままだ」
「そのままとは」
「普通に言ったよ」
「驚かないで」
「ああ」
「じゃ、それは本当に幽霊を見て言ったんじゃないのかもしれません。その後、娘さんに変化は?」
「特に」
「その後、幽霊のことを、娘さんは話しましたか?」
「いや」
「一度だけですか。見たと語ったのは」
「まあ」
「私が霊視しても、そのようなものはいません」
「では、ご先祖さんの霊は? 仏壇の中にいるのだろ」
「仏壇はショートカットです」
「ショートカット?」
「ご先祖様と繋がっているだけのことです」
「繋がっておるのなら、出てくるだろ」
「通常、何年もたてばあちら側へ行ったままで、戻ることはありませんよ。それを成仏と言います。だから、この仏壇の中には、ご先祖様はいないのです」
「すべて勘違いかね」
「それは何とも言えません。よく分からない世界なので」
「そうか」
「特に何もありませんから、僕はこれで失礼します」
除霊師は立ち上がる。
「あのう」
「長く供養していない。何かないか」
除霊師は鞄から杯を取り出す。
「こ、これは」
「必要ないと思いますが」
「それは杯かね」
「はい」
「どのようにして使う」
「聖水をご存じですか」
「ああ、知っておる。見たことはないが、教会なんかで使うのだろう」
「和式では御神酒です」
御神酒は、仏教ではなく神社系で、奉納された酒の別名だ。従って仏壇に御神酒は似合わない。
「酒をここに入れれば魔除けになるのだな」
「酒ではなく、水で結構です。これは水杯といい、縁を切るものです」
「それが欲しい。どう使うのだ。仏壇に飾るのか」
「杯は仏壇に入れてはいけません。酒を供えたのと同じ事になりますから」
「じゃ、どこに置く」
「鬼門に置いてください」
「北東かね」
「いえ、あなたが嫌な方角や部屋でいいのです」
「わしが嫌いな。そんな部屋はない」
「では、ここから見て、あまり行きたくない方角で結構です」
「ああ、それならある。南側へは行きたくない。あっちに会社があるので」
「それで結構です」
「来てもらったので、金を払う必要がある」
「幸い、除霊するような対象はありませんから、お金はいりません」
「じゃ、その杯の代金を払う。いくらだ」
除霊師が請求した金額は、岸本の月給の十分の一ほどだった」
「分かった。それならすぐに払える」
除霊師はマンションから出た。
杯が一つ減ったので、補充するため、百均へ向かった。
了
2011年11月9日