小説 川崎サイト

 

紅葉狩り

川崎ゆきお



 夕日が紅葉をいっそ紅く照らしている。山は平地より寒い。冷える。
 アマチュア小説家と漫画家が紅葉を楽しんでいる。紅葉狩りだ。しかし、下山が遅れたのか、取り残された感じだ。有名な紅葉の名所で、山の中腹にある古寺だ。
 境内の端に展望台があり、そこから見る紅葉が売り物だ。二人は崖近くにあるベンチで腰掛けている。一等席だ。
 二人は老人で、ベテランのアマチュア作家だ。いわば大家であり、重鎮だが、その名は誰も知らない。
 この場合の「誰も」とは、誰でも知っている名前ではないという意味だ。そうかといって狭い範囲で知られた存在でもない。
 二人とも同人誌作家ではない。
 二人だけで大家、重鎮と思い合っているだけなのだ。
 ひと二人集まれば社会となる。
「人は紅葉を愛でるのはどうしてだか分かりますか」小説家が問う。
「きっとこの色が好ましいのでしょう」
「それも一説ですが、人生の黄昏を感じるからですよ。叙情です。リリシズムです」
「おお、さすがに小説家らしい解釈ですね」
「特に晩秋は、晩年と重なります。もうすぐ冬で、あちら側へ行く手前の景色ですよ」
「ところで、最近作、いかがですか」
「何が」
「いや、あなたの小説ですよ」
「そういうお宅の漫画は如何になりました」
「如何にとは」
「そのままですよ。最近見ていませんが」
 二人は原稿の状態で見せ合う仲だ。小説は原稿用紙に書かれたもの。漫画は肉筆原稿のまま。
「年々筆が進みません。もう書くべきものは書いたような」小説家が言う。
「私もそうです。もう代表作も書きましたから」
「寒いですなあ」
「そうですねえ」
 二人はベンチを離れた。
「下りは膝をやられますよ」
「滑る可能性もあります」
「下る。滑る。いいですねえ。リリシズムです」
「ああ、そうなんだ。私はギャグだと思ってました」
「ははは、その滑稽さの中に、人生の悲しみが、人が生きていることに対しての無常観が含まれているのですよ」
「おお、含有されておるのですな」
 小説家の読者はこの漫画家一人だけ。そして、漫画の読者はこの小説家だけだ。二人は十代からその関係を続けている。
「おっと」小説家が足を滑らせた。木の根がすべすべしており、そこに重心をかけた足を乗せたからだ。
 小説家はバランスを崩したがすぐに立て直した。
「まだまだ、尻餅はつきはしませんぞ」
「尻餅って餅を食べてみたい」
「その発想、漫画家らしいですなあ」
「いやいや」
 二人はぶつくさ言いながら下山した。
 
   了

 


2011年11月28日

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