小説 川崎サイト

 

別れの一本杉

川崎ゆきお



 村はずれに一本杉があった。
 昔、村の人たちはそれを別れの一本杉と呼んでいた。
 その場所は村と外界との境界線にある。村の入り口なのだ。同時に出口でもある。
 一本杉のある場所は村と村を結び幹線が走っていた。街道と言うほどのものではない。
 村から遠くへ旅立つとき、別れを惜しむ場所だった。見送り場所なのだ。
 一本杉前は駅だった時代がある。馬車道だ。その後バス道となり、今は普通の市道となった。
 一本杉があった街道沿いは整備され、農地も消え、今は住宅地となっている。当然一本杉も伐られた。
 別れの一本杉を知っているのは、村の年寄りに限れた。村は市街地の中に埋まり、村時代のシステムも消えた。
「別れの一本杉。そんな歌があったのう。昔はどの村にもそんな場所があったようだ」
 古くさく言えば古老にあたる惣治郎がひ孫に語っている。
 昔の村の風景を伝えているのだ。
「その昔はどうだったの。一本杉は昔からずっとあるの」
「ああ、村と共にずっとあった」
 惣治郎は茶色くなった絵地図を孫に見せる。そこにははっきりと一本の杉がアイコンのように記されていた。
「そのもっと昔は」
「どんな昔だ」
「うんとうんと昔。大昔」
「そんな昔のことを覚えている人はもうおらん。爺ちゃんが知っているのは、ご先祖様から伝わる話だよ」
「じゃ、ご先祖様も一本杉を見ていたんだ」
「さあ、どうかな。あの杉があった場所には神社があったようだ。社の森って言ってな、神社の周囲が森になっておった。その中の一本が残ったらしい」
「神社はどうなったの」
「今ある天神さんに移ったんだ」
「昔あった神社と、天神さんは同じなの」
「そう言われておるが、それは村が出来るときの話で、よく分からんが、同じ神社らしい」
「じゃ、その神社が出来たときは村はなかったの。神社だけがぽつりとあったの」
「そうだな」
「じゃ」
「じゃが多いのう」
「そしたら、昔は一本杉じゃなかったんだ」
「まあ、そうだ。一本杉だから、別れの一本杉と呼ばれるようになったんだよ。一本だと寂しいだろ。別れも寂しいから」
「それは試験に出る?」
「出ない」
「ふーん」
 惣治郎はひ孫が話を聞いてくれただけで、満足したようだ。
 
   了


2011年12月13日

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