小説 川崎サイト

 

負けるが楽

川崎ゆきお



「これは落ち武者の話なのだがな」
「先生の話、落ちぶれていく話が多いですねえ」
「そうかね」
「はい、勝利者とか成功者の話はないのですか。うんとテンションが上がるような景気のいい話は」
「成功者の話はね。その後日談は暗くなる。勝利者の話は、今度は負ける話になる」
「じゃ、一度負けて、最後は勝って終わればいいじゃないですか」
「いやいや、最後は負けるほうが落ち着くんだ。これをオチという。だから、私の話にはオチがあるんだ」
「でも、一度も買っていないのに、オチもないでしょ。ずっと下っていくような話なんですから」
「窓は夜露に濡れて、北へ向かう旅人一人……」
「歌謡曲ですか」
「都落ちの歌だよ」
「好きですねえ。そういうの」
「落ち着くじゃないか。夢破れ故郷へ帰る」
「はいはい」
「窓は夜汽車の窓。夜露なので、夜だよ。だから夜行列車なんだ」
「汽車が走っていたような時代でしょ」
「窓を見ているのだから、座って見ているんだろうね。だから、寝台車ではない。きっと自由席なんだ」
「でも旅人でしょ。だから、故郷へ帰るとは限らないでしょ。北へ向かっているだけで」
「それが南に向かっていると陽気になる。だから、北がいいんだよ。北が」
「そうなんですか」
「感傷に浸る。これが大事なんだ。これは決して不幸なことではないんだよ。不快なことじゃないんだよ。むしろ快さでもある。負けたあとの、すっからかんの解放感。清々しいんだよね」
「僕にはその心境、分かりません」
「悲しい話じゃないんだよ。落ち行く人の話はね」
「悲しくて、情けない人の話でしょ」
「だから、共感を得るんだ」
「僕は共感しませんよ」
「まあ、そう意地になりなさんな。ほとんどの人は負け続ける人生じゃないか。勝ってる人なんて、少数派以下だよ。君もそうじゃないか」
「まあ、その面もあるにはありますがね」
「そうだろ。負け続けると、負ける楽しさも出てくるんだ」
「それは自虐的ですよ」
「負け続けると、ちょっとした勝利でも大喜びできる」
「じゃ、負け続けていないじゃないですか」
「細かいところで勝ってるが、全体的には負けている」
「難儀です。始末が悪い」
「負けてもいいというのは楽なんだよ」
「それはありますが、ずるずる後退し続けますよ」
「ところが人生見捨てたものじゃない。思わぬことで勝つこともある」
「偶然の勝利ですか。もうそこでしか勝機はないわけだ」
「だから、かつ努力も必要ではない。そして、勝ってしまうのは逆に迷惑な話でね。勝ちたくないのに勝ってしまうことは不条理だ。負けたほうが楽なのにね」
「負けるが勝ちっていうやつですか」
「負けるは負けるだよ。勝つのは計算外だ。だから、迷惑なんだ」
「まあ、先生の話、聞いていると、少し楽になりますが。それだけの話ですよね」
「その一瞬が大事なんだ。一瞬がね」
 
   了



2011年12月14日

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