小説 川崎サイト



虫狩り

川崎ゆきお



 ある若武者が山の根にさしかかったとき、老武者が大きな虫と戦っているのと遭遇した。
 老武者は斧で虫との間合いを測り、ひと叩きで潰した。
 虫は畳程で甲虫に似ており、付近にも無数いる。
 若武者も太刀で斬りかかろうとするが、巨大な角で逆に反撃をくらった。
 バシッ
 老武者がその虫をひと叩きした。
「強い相手じゃない」老武者が笑顔で若武者に言う。
「これを倒さないと、先へは進めぬのか?」
「そんなことはない、こいつらは襲ったりはしない。ただ攻撃するとどこまでも反撃してきよる」
「この山腹に砦跡があると聞いたが?」
「砦跡に巣くう幽霊武者狩りか?」
「そうです」
「すっかり、そのことを忘れておったわい」
「と、言いますと?」
「幽霊武者がなかかな手ごわくてのう。剣技を上げるため、この麓で虫退治をしておった」
「剣? その武器は斧でしょ」
「こちらのほうが甲殻類には効くのじゃよ」
 老武者は虫の羽根と角をもぎ取り、荷車に投げ入れた。
「そこそこ金になる」
「砦跡の幽霊武者は強いのですか?」
「この虫と同じ程の強さじゃよ。お前さんでも何とか退治出来ようて」
「あなたは一撃でこの虫を倒された。だったら幽霊武者も簡単に倒せるほどの力はあるはずです。なのにどうして砦跡へ行かないのですか」
「だから忘れておったのよ。あれから何十年にもなるのう」
「どうして倒しに行かないのですか?」
「都の僧侶から頼まれたのは昔の話よ」
「私も僧侶から頼まれて、ここまで来たのです」
「知っておるよ。何人もここを通り過ぎて行きよるからのう」
「では、役目を果たされては如何ですか?」
「虫退治に夢中になってな。こいつらを叩き潰すのが面白うて面白うて……。それに幽霊武者など倒しても大した賞金はもらえんぞ。それよりこの虫の角は薬用になるとかで、結構高く売れる」
「私は幽霊武者を倒さないと、都のお坊さんに……」
「お前さんは出世が望みじゃろ。行くがよい、虫など相手にせず」
「はい」
 若武者は山道を上り始めた。するとあの老武者と同じように斧を持った武者があちらこちらで虫狩りをしている。
 若武者はそれらを見ないように砦跡へと歩を進めた。
 
   了
 




          2006年7月7日
 

 

 

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