小説 川崎サイト

 

川崎ゆきお



 作業中だった。
「おまえは亀か!」
 主任の雷が落ちた。
 上山はきょとんとしている。
「これくらいのこと、さっさと出来ないのか」
 新しく来た主任だ。上山は、その部下ということになる。しかし、上山のほうがベテランだ。
 唖然とした上山は、じっと主任の前で棒立ちだ。
 そして、意を決したように作業場から出た。
 向かった先は、主任の上司である係長のところだ。
「それが事実なら、大変なことだ」
「きっちりとした主任だと思ったのですが」
「私も優秀な人だと聞いている。だから、来てもらったのだ」
「仕事どころではありませんよ」
「このことは、秘密にしておいてくれ。主任のためだ」
「あの新任主任を守るのですか」
「それは会社が決めることだ。しかし、報告しないと駄目だろうなあ」
「はい」
「それで、確認するが、君のことを本当に亀だと言ったのかね」
「間違いありません。少し体調が悪くて、動きが鈍かったからです。でも急いでやると失敗します。そのリスクを考えて、丁寧にやりました」
「そのことはいい。それより心配なのは主任だ」
「呼びましょうか」
「ああ、確認のためにな」
 すぐに主任が呼び出された。
「目が悪いのかね」係長の最初の質問だ。
「いいえ」滅相もないとばかり、主任が答える。
「じゃ、どうして彼が亀に見えたのだ」
 主任はちょっとたじろいだ。質問の意味を考えたからだ。
「上山君は人間だろ。どうして亀にに見えたのかね。視力の問題にしては、違いすぎる。見間違うはずはない。上山君と亀では大きさが違うじゃないか。それに職場に亀はいない」
「いや、それは彼が……」
「彼?」
「あ、はい」
「彼と言ったね。今」
「はい」
「じゃ、上山君を人間として見ているのだ。じゃ、亀に見えたのは急性幻覚かね」
「急性幻覚。そんな病気があるのですか」
「じゃ、発作と言ってもいい」
「僕は、亀が見えたわけじゃないです」
「じゃ、どうして、君は上山君に対し、亀だと言ったんだ」
「そ、それは作業が遅いから亀だと」
「亀が作業するのかね。亀が仕事をするのかね」
「亀は、仕事はしません」
「まあ、いいから、病院へ行きたまえ。診断書を見てから、君の進退を決める」
「え、何を言ってるのですか係長。意味が分かりません」
「人間を亀だと認識する君のほうこそ、意味のない妄想じゃないのかね。まあ、それは病気なら仕方がない。あらぬものに見えてしまう病かもしれないからね。だから、心配しているのだよ」
「この職場、おかしいです。もしかして、島流しに遭ったのですか」
「ここは島じゃないよ。やはり、君、おかしいよ」
「あ」
 
   了



2011年12月21日

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