小説 川崎サイト

 

暗殺者

川崎ゆきお



 深い山の中腹にある村落に暗殺者が潜伏していた。
 暗殺未遂で逃亡中だった。暗殺者で逃亡者だ。
 潜伏は組織からの指令だが、暗殺者は組織そのものを知らない。知っているのはいつも指令してくる老人だ。彼とは面識がある。しかしそれ以外の人間は知らない。
 老人は逃亡先として、その村落を指定し、民家まで借りてくれていた。しばらくほとぼりが冷めるまで、身を隠せという指令なのだ。
 日に二本しかないバスで村落前に到着したのだが、そこから村落までは徒歩一時間ほどの山道を登らないといけなかった。
 村落は山の斜面にあり、昔は林業や狩りで生計を立てていたようだが、今は廃村に近い。住んでいる民家は五軒で、人口は十二人だ。以前は三十戸ほどあったようだ。空き家は放置されたため、人が住める状態ではない。
 組織の老人が不動産屋に依頼したのか、暗殺者の家は住め るようになっていた。
 暗殺者は暇なので、狩りを手伝った。イノシシ狩りだ。さすがに暗殺者だけあり、猟銃の扱いも上手い。他の猟師は年老いているが、まだ現役だ。暗殺者が加わることで、猟が捗った。
 余るほどのイノシシや野ウサギ、狸や鹿、熊まで狙撃した。
 それから十年経過した。
 残っている村人は暗殺者を含め二人になった。
「あんたがいるから、まだ廃村にはならんよ」と言っていた年寄りも三年後、いなくなり、村人は暗殺者だけになった。
 暗殺者は土着したが、住民票はない。だから、村落には誰も住んでいないと言うことになり、廃村となった。
 ただ、暗殺者が借りている家は組織が家賃を払い続けているため、住み続けることが出来た。
 そこに別の暗殺者が現れた。彼もまた潜伏のため、来たのだ。
 これで、村の住人は二人になった。
 新参の暗殺者も組織から命じられたらしいが、若い人のようだ。十年以上潜伏している暗殺者とは別の組織かもしれない。または、組織の老人も死んだのかもしれない。
 新参暗殺者に聞いてみると、あの老人のことは知らないらしい。
 長く潜伏し続け、その後連絡がないのは、死んだと言うことだろうか。
 それなら、もう潜伏する必要はない。ほとぼりは冷めているはずだ。
 しかし、その暗殺者は、ここでの猟師の暮らしに満足しており、山を下る気がなくなっていた。
 
   了


2011年12月22日

小説 川崎サイト