小説 川崎サイト



風の股三郎

川崎ゆきお



 中高年者が走っているコースがある。早朝から川の土手を走っている。歩いている人もいる。
 土手は車が入って来ないし、路面も土のままだ。
 そこを走っている名物男がいる。殆どの人は軽く走るだけなので服装もカジュアルだ。特に走るための服装ではない。
 その男は陸上選手のようなスタイルで走っている。彼がこの中では最速ランナーだ。
 コースは橋で対岸に渡り、別の橋で戻ってくる。二キロはあるだろう。
 走っている、又は歩いている人の目的は健康管理。運動不足を反省しての歩きや走り、そしてダイエット目的なのか、中年婦人が多い。
 毎日同じ時間に来ていると顔馴染みになるようで、走りながら雑談している。こうなるとベテランの領域に入り、走ることで目一杯な人ではなく、余裕をもって走っている。
 その婦人らの間で噂になっているのが、あの名物男だ。彼女らは風の股三郎と呼んでいる。
 軽く走っている彼女達が一周する間に、股三郎は何度も追い越す。
 汗だくで走りながらも殆ど歩くスピードとかわらない同年配の男からみると、股三郎は風のように走り去る憎々しい存在だ。
 彼女達が風の股三郎と言い出したのは、その速さもあるが、実は股にある。
 その黒いロングパンツは下半身をぴたりと締めつけている。パンストと似た感じなのだ。
 そして、どうしても目がそこへ行く。はっきりとその形が見えるのだ。アヒルの雛を股に入れているような感じで、クチバシまではっきりと見える。
 それに気付いた婦人達は股三郎とは逆方向で一周するようになった。すれ違うときによく見えるからだ。
 そのクチバシの長さが日によって違うことを一人が言い出した。
 ある日、高校生の娘を連れてきた。若い女がここを走ることはまずない。
 そして股三郎はその娘とすれ違った。いつもなら彼女達が一周する間に三回はすれ違うのだが、その日は四回だった。雛のクチバシが餌をねだるように真上を向いていた。
 さらにいつも汗だくで徒歩に近い男が、娘の後ろを必死でついて来ていた。
 
   了
 



          2006年7月11日
 

 

 

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